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葉崎Guardian(仮) 作者:ナコソ

第21回   「満足→怪訝→驚愕」

「――なあ、井延さん」
 イスに置かれたままのタバコを、勝手に吸っていた井延が顔を上げた。
「どうしてあんたは逃げるハメになったんだ?」
「俺が会長から受け取ったもの、それがほしいんだよ」
「会長?」
 ゴミをビニール袋に入れる麻生の手が止まったが、またすぐに動き出す。
「ああ、タケさんか」
「知ってんのかよ?」
 仏頂面でゴミを片付ける麻生を驚き見つめる。どこからどう見たって井延と同じ側の人間ではない。学生ほどの年齢の、ただの男だ。ましてや会長はアレであるし、こんな平凡な男との接点などあるはずがない。
「受け取ったって、何を?」
「教えられねーよ。ただでさえ梨香の事で巻き込んでる見てーだし、これ以上首突っ込む事もねーだろ」
 言ってから、はたと考えた。
「おい」
「何」
「てめー、梨香に手ェ出してたりしたらブッ殺すかんな」
「人の女に手ェ出すかよ。考えるだけ損だ」
「そりゃそうだ。ゴミもまともに片付けられねぇような男に、梨香が体を許すわけねーし」
 笑ってから、ふと思う。
「おい」
「次は何だよ」
「まさか、力づくで梨香を…」
「だあからぁ! そんな事ぁ一切してねーっつってんだろ!」
 声を荒げた麻生が袋でテーブルを叩いたせいで、せっかく集めたゴミが宙に舞った。
「……あーあー」
 テーブルから足元にかけて落下したゴミをげんなりと見下ろす麻生は、見ていて滑稽だった。
「けどよー、井延さん」
 テーブルに屈みゴミを拾い上げる彼を見ているのも飽きた。ゲーム機と並んだリモコンを手に取りテレビを付ける。バラエティ番組だった。
「会長が、どうして井延さんに託したんだ?」
「無難だって感じたんだろ。それに、社長を良く思ってねー人間の1人でもあっからよ。俺に渡せば社長の手には行かねーって事だ」
 画面の中では、気ぐるみを着たタレントがプールでジタバタと大袈裟なまでに溺れていた。スタッフの笑い声が聞こえる。麻生の声が重なった。
「でもバレた」
「そう。それで今や逃亡生活よ」
「誰にバラされた?」
「俺」
「は?」
「酒に酔った勢いで」
「……ダメじゃん」
「んな事ぁわかってる」
 頭を抱え、井延の顔が苦渋に歪む。
「わかってんだけどよ……秘密ってのは、酔うと誰かに話したくなるだろ?」
「なんねーよ。なるんじゃねーよ」
「トランクス一丁のゴミ拾いが」
「そーゆ事言うんですかあ?」
 麻生の語気が一気に弱々しく萎んだ。
「何にせよ、そん時いた誰かがチクったんだ」
 ふぅん――麻生の鼻が鳴る。息を吸う、空気のこすれる音がした。
「最初から渡しちまっとけば、すべては丸く収まってたんじゃねーの?」
「おめーなあ……」
 抱えた頭を上げると、あれだけ散らかっていたゴミがキレイになくなっている。
「梨香さんとこから離れる必要だってなかったんじゃねーの?」
 ゴミでパンパンに膨らんだ袋の口をキュッと縛る麻生。
「……片すの早ぇな」
「本気出せば早ぇのよ」
「最初っから本気出しとけよ」
 それには応えず、麻生の放り投げた袋は綺麗な弧を描いてゴミ箱へ吸い込まれた。
「今からでも、返しに行けば解決するだろ」
「簡単に言ってくれてんじゃねーよ」
 井延の口調が荒くなる。
「じゃあ、いつまで逃げてんだ?」
 睨みを利かせた視線を受けても動じなかった。
「明日か? 1年後か?」
「社長に渡すわけにはいかねぇんだ」
「だったら俺に預けろ」
 何言ってんだ?
「は〜あ?」
 素っ頓狂にも程がある。身の程もわかっちゃいない。酔狂にしたって笑い飛ばせもしないし、ジョークにしては悪趣味だ。
「絶対、悪いようにしない」
 麻生の目は真剣だった。
 生じた沈黙に割り込むタレントの悲鳴とスタッフの笑い声。
 会長を愛称で呼ぶ男。
 麻生浩介。
 考えがあるのかバカなのか。
 井延を真っ向から見据える彼の目は。
「……くっ」
 どうして吹き出したのか、井延自身にもわからない。
「わかってねーな」
 どうしておかしさが胸から湧くのか。
「これ以上首を突っ込むな」
「それがさぁ、もう十分突っ込んでんだよな〜」
 腕組みした麻生が困り果てたように首を振る。何を言っているのかさっぱりだったが、決定的な事実を突き付けてやれば大人しくなるだろう。
「麻生。それでもお前に預ける事はできねぇよ」
「何で」
「俺の手元にそいつがねぇんだよ」
 両腕を大きく広げて示してやる。
「俺が捕まった時のために、コインランドリーに放っちまったよ。誰のもんだか知らねぇヤツの洗濯物の中にだ」
 予想通り、予定通り――麻生の目と口が丸くなった。
「……………………あいたー」
 失望の念に手の平で額を叩いた彼の反応を、満足のにじんだ笑みで眺めた――のも束の間。
「わかった。井延さん――ぜっっってー捕まるんじゃねーぞ」
「……?」
 決意を瞳に宿した麻生を前にして、満足は怪訝に取って代わった。
「――そのカギなら友人が持ってる」
 カギだなんて一言も言っていない――怪訝は驚愕に至った。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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