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あたし の 門出 作者:ナコソ

最終回   1


 同棲歴1年と半年。
 その果てが破局。
 決して広いとは感じなかったマンションの部屋は、彼が出てっただけで広さを取り戻した。

 さて。今日は日曜日。

 はげて脂ぎった上司の一挙一動にキレかける心配もない。

 んー。部屋の整理でもしよっか。
 くそったれな男が残してった要らない物を、一思いに捨ててしまおう。

 もともとは私が集めていた小説を収めるためだった本棚。文庫本ばかり集めてた私とは対照的に彼はハードカバーばかり集めてた。値は張るわ微妙に厚いわで私は文句ばかり言ったもんだけど、いつしか半分以上が彼の本で埋まってた。
 こうして改めて眺めてみて、彼の乱読っぷりに呆れる。文学小説と推理小説とホラー小説を「頭痛促進剤」と一言で一蹴する彼は恋愛小説を好んだ。作家を選ばず、恋愛がテーマであれば良かったらしい。
 物語を読み終えると主人公たちに気が済むまで罵倒を浴びせ、そそくさと次の本を手に取る。
 恋愛学者にでもなったつもりなのか。
 物語の主人公たちが実際に彼と話したら心中しかねないような事を大いに語ってた。
 そんな彼がうわべだけの恋愛上手なのは、私はよく知ってる。
 売ればそこそこの金額になりそうだったけど、くそったれな男の本を売ってくそったれな金を使う私もまたくそったれになってしまいそうで、捨てる事にした。
 これだけの本を残して出てったくせに、CDだけは全部持ってった。おかげでCDラックはスカスカ、ずいぶんと風通しが良くなったもんだ。
 こうなるんだったら、気に入ってたCDを片っ端からMDに落としておくんだったと、今さらながらに悔やむ。
 はたと思い出して洗面所に向かう。案の定、シェイビングクリームとコップの中に突っ込まれた2本の歯ブラシが残ってた。まだ半分以上残ってたシェイビングクリームをゴミ箱に放り、彼用の歯ブラシをへし折った。
 ぽきり。
 洗面所の鏡に映る私は、とても人様に顔を見せられそうにないほど顔色が悪かった。眠そうにクマを引っ下げた半目に、寝グセで爆発してる頭。
 跳ね上がった毛先をつまみながら、そろそろ美容院に行こっかな、などと思う。
 顔を洗ってリビングに戻ると、床に転がったアルバムを見つけた。
 座って、膝の上に乗せてみる。
 何の飾り気もない質素なアルバム。
 付き合ってすぐの頃に買ってくれたアルバム。
 思い出を作ってこう。
 などとのたまった彼は、しかし写真が好きじゃなかった。
 めくってみればわかる。入ってる写真は3枚だけ。
 このマンションに引っ越した直後、荷物の整理にせっせと精を出してたところを撮られた不意打ちの1枚。
 それの仕返しで撮った彼の寝顔。
 さらにその仕返しで撮られた私の寝顔。
 何やってんだか。
 こいつも捨ててやろうかと考えて、やっぱりやめた。
 やな事があったからって、楽しかった思い出に罪はない。
 嫌気が差しても、残しておきたい写真がある。
 
――なんちゃって。
 
 たしか、彼が思い付きで私に買わせたポラロイドカメラがまだ残ってたはず。そいつでこれからの思い出を作ってこう。
 真剣になったり、笑ったり。
 騒いでみたり。
 泣いたり悩んだりする時も。
 そのためにもまず、掃除してしがらみもまとめて捨てたこの部屋を撮ろう。
 決心して、私は腰を上げた。
 ♪〜♪
 足元でケータイが鳴る。私は反射的に取った。
 彼からだった。
 いわく、
 頭を冷やしてみたと。
 ケンカして、出てったのは馬鹿だったと。
 ひいては、
 またやり直さないかと。
 笑い出しそうになるのを必死にこらえて、私は言った。








「さようなら」

















♪END♪

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Novel Editor by BS CGI Rental
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