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かこのおもいで 作者:ナコソ

最終回   かこのおもいで
 空が蒼い。空気は、やや涼しい。
 夏休みもすっかり終わり、9月の中旬。昼休みの屋上は、とても居心地がいい。
 校則だらけの学校でも、屋上だけは思う存分に呼吸ができる。
「ケースケ?」
「ん」
 呼ばれて、ぼくは自分が眠っていた事に気付いた。
「おはよ」
「……おはよ」
 ハルは仰向けで寝転がっているぼくを、仏頂面で見下ろした。
「呼んどいて、一人で昼寝かよ?」
 彼はそう文句を零し、乱暴に腰を下ろすとズボンのポケットからタバコを出す。100円ライターで火を点ければ、おいしそうにハルの目が細まった。
 ハルは、ぼくと小学校が一緒だった。中学は別々になってしまったけど、高校でまた一緒になった。
「あっつー」
 シャツの第2ボタンだけでなく、第3ボタンまであけながらハルはまたタバコを吸う。
 どこか遠い、空の向こうを見ていた目がぼくを睨んだ。
「いつまで寝てんの? 話があるんじゃなかったっけ?」
 いつも通りのイライラ口調が、今日はやたらと安心できた。
「……ケンカしちゃったんだ」
 起きたぼくはハルと向かい合ってあぐらをかいた。
 始め、ハルはきょとんとした様子だった。ぼくの切り出し方が悪いのかもしれない。けれど、ハルは最小限の言葉だけで、いつもぼくの悩みを汲み取ってくれる。
 んー。ハルが眉間を寄せてうなった。
 ふと、彼の目の様子がおかしい事に気付く。ぼくを見つめていた視線が、少し左にずれた。
 つられて、ぼくも自分の右肩を振り向いた。
「?」
 何もない。
「アキ……っつったっけ、カノジョ?」
「うん、そう」
 慌ててハルを見て、頷いた。
「ケンカとか無縁そうに見えたけどな」
「初めてだよ」
「だろうな」
 ハルがタバコを口に当てたため、少しの間が空いた。
「もう少し、自分を押し出してもいいんじゃねぇの?」
 主流煙を吐きながらハルが言った。
「ケースケの性格からすると、カノジョの言葉に従うタイプだろ?」
 的確な指摘に、ぼくは頷くしかできなかった。
「向こうの言い分を最優先にして、ケースケはそれに合わせるだけ。従順かもしんねぇけど、おれから見ればただラクしてるだけにしか思えねぇな」
 ぼくはうつむいた。アキに嫌われないように同調してきたぼくは、彼女からしてみれば『いい加減な男』にしか映っていなかったのかな。
 そうやって落ち込むぼくの頭を、突然ハルが叩いた。
「いたっ」
「『優しい』と『好き』とは違うんだぞ? 『好き』だからこそ出せる言動が、今のおまえには足りない」
「……?」
 真剣なハルの口調だけど、意味がはっきりとはつかめなかった。
 あー。苛立たしそうに、ハルが頭を掻く。
「頭で考えようとすんな。そのうちわかる時が来るだろうし」
 ハルは無理やり(少なくとも、ぼくはそう思う)そう結論付けた。
「ケースケだってカノジョに言いたい事、あるだろ? この際全部ぶちまけろ。ただ仲直りしたって、このままだとまたケンカするって、絶対」
「……うん、そうするよ」
 素直にぼくは頷いた。
 心の中にあったワダカマリがすっきりした。ハルに相談して、ハルからアドバイスしてもらうだけで、これまで何度も助けてもらっている。学校の先生たちの評判は悪いかもしれないけど、ぼくにとっては、それはもう頼りになる友人だ。
「やっぱ、ハルに相談してよかった」
「あ?」
「こういう経験、多いじゃん?」
 冗談めかして言ったら、ハルは少しだけふてくされた。


★ ☆ ★ ☆ ★


「次の授業は?」
「サボる」
「ん、そう。じゃあ、ぼくは教室に戻るから」
 そう言って、屋上から帰るケースケの背を見送って、おれはごろりと寝転がった。
 ふと、ケースケの性格を考えてみる。
 温厚ではあるけど、優柔不断。
 手先は器用、人間関係が不器用。
 そのくせ、世話好きな17歳。
 あいつ自身は、そんな性格が嫌だと言っている。
 けど、おれは少しうらやましい。おれにはない――何て言うか……あたたかいもの、を持っているから。
 もう少し、自分に自信を持ってもいいと思う。
 はーあ。ため息と一緒に上体を起こした。すっかり短くなったタバコを、地面で引っ掻いて火を消す。
「あんなヤツだけどさ、いいとこもあるわけよ。おれにとって数少ない、本音で付き合えるヤツだし」
 タバコを屋上の外に放って、おれは呟いた。視線の先は、さっきまでケースケが座っていたその向こう。
 一人の少年が、そこに立っていた。10歳ほどに見える、幼い少年。サイズの大きいTシャツと半ズボンの少年の顔には、ケースケの面影がある。
「ケースケはきっとうまくやれる。だから、安心しな」
 少年があどけなく笑った。その体が淡く発光し始める。青の混ざる澄んだ光が、少年の昇華を示す。
「おれんとこに来るのはいつでもいいけど、次はもう少し大人になって来いよ」
 おれは手を振って、光の粒子に砕けたそいつを見送った。
 細かい粒はすぐに空気に溶け込んで消える。10秒と待たずに、おれの前からすべては消えていた。
 何気なく、空を仰ぐ。
 蒼い空は、いつ見たってノンビリしている。思わず引き込まれそうになるぐらい、大きな威厳を持って。
「勉強なんて、馬鹿馬鹿しい」
 独り言を呟いて。
 おれは大の字に引っくり返った。




〜End♪〜

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Novel Editor by BS CGI Rental
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