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Smokin' with JAZZ 作者:ナコソ

第6回   懺悔室のシスター


「――ここには、私と貴方しかいません」
 前後左右、手を伸ばしきる事なく壁に届いてしまうほどの狭い部屋は、自然と便所を彷彿とさせる。
「神父が不在のため、シスターである私が神に代わって聞かせていただきます」
 足を組むと、木で組んだイスが軋んだ。
「名乗らなくていただかなくて結構です。お話だけ、聞かせてください」
 見上げた天井は高く、十字架の形に壁にはめられた窓が陽光にきらめいた。
「悔い改めましょう」
「それ以上、その声で話すのはやめねぇか、ハルネ?」
 我慢できずに言い放つ。横目で、右手の壁に張られた小さな格子を見つめる。その向こうで、シスター服の裾が揺れた。
「たまには懺悔したらどうなのよ、エリヤ」
 穏やかだった声音が一転、好戦的なそれに変わる。
「懺悔してまで救われようだなんて思ってねぇの」
「あら残念」
 ちっともそうは思っていない口振り。続いて、ジッポを開く金属音。
「をい」
「何?」
「懺悔室をスモークで演出か?」
「かたっ苦しい事は言うなって。あんたも吸う?」
 格子がスライドして開かれ、タバコの箱を差し出された。
 ――なんてシスターだ。
「あ、やめたんだっけか」
 呆れてものも言えないエリヤから、あっさりハルネは箱を引っ込めた。
「……先月、街に戻って来たんだってな。ステフから聞いた」
「ちょっと東洋の方にね。おチビちゃんは元気?」
「ステフはいつだって元気だよ。東洋? またどうしてそんな所に?」
「恋人探し」
「ハルネの恋人になるには相当の覚悟が必要だしな。その上、本人は高望みしてると来てる。東洋にはいい男はいたか?」
「ウソよ」
「ああ、そうだろうと思ったよ」
 必要以上に刺をもって、エリヤは言い捨てた。
「あははは!」
 爽快に笑うハルネの声量は大きく、狭い壁によく響く。
「うるせー」
 小さく呟いて顔をしかめるが、彼女に見えるべくもない。たとえ見えたとしても、豪快な笑いを止めはしないのだろうが。
「あんまりからかい過ぎると本気でキレそうだから、こんくらいにしとこうか」
 気が済むまで笑い終え、ハルネは息を吸った。
「東洋の土産話を聞きに来たわけじゃないんだろう?」
「聞きたかねぇよ」
 格子から漏れる副流煙を手で仰ぎながら、
「ちょっとばかり人を探してるんだ。これがまたヤ〜な依頼人でさ」
「あんたの愚痴って長くなるからカットして」
 問答無用で切られた。出鼻をくじかれ、ため息。十字の斜陽に紫煙が揺れる。
「カルラ=クリスティって女を探して欲しいんだ」
「カルラ=クリスティ?」
 反芻するハルネに短く肯定した。
「あんたが探せばいいじゃない。わざわざ私に頼む事なんてないと思うけど」
 表情を窺う事はできなくとも、彼女が怪訝そうにしているであろう事は声からでも十分に察せる。エリヤは1秒ほど迷ってから、本心を告げた。
「……俺が探してもいいんだけど、なんてーか、私情を挟んじまいそう」
「ああ、そのカルラ=クリスティ」
「もしかしたら別人かも知れねぇけど、もしかしたら、そのカルラ=クリスティかもしれない」
「まだ吹っ切れてないの?」
「とっくに吹っ切れてる――」
 エリヤは失笑した。
「――つもりだった」
「未練タラタラね〜」
「だよな〜。俺自身、驚いてるよ」
「――もしも」
 ハルネの声が一瞬だけ張りつめる。
「もしも、そのカルラ=クリスティだった時は、エリヤはどうすんの?」
「……さあね」
「答えなんてもう見付けてるって風に聞こえるけど?」
「そりゃ気のせいだ」
 右手で左拳を握り、骨を鳴らす。軽く、乾いた音が微動した。
「あっそ」
 素っ気無い返事。ふてくされているようにも感じられる。
「じゃ、それにしよう」
 唐突に、しかしきわめて自然の成り行きのように、ハルネの口調は踊っていた。エリヤの胸に広がる嫌な予感。
「エリヤがどうするつもりなのか――その答えが今回の報酬」
「……まぢか」
「それとも、ちゃんと金払う? 知ってるだろけど、私の仕事は高くつくぞー」
「まけて」
「まけない」
「ツケで」
「即金でよろしく」
 ふふん♪――鼻を鳴らし、勝利を確信しているハルネの笑顔。実際に見えなくとも、想像には難くない。こいつはいつだってそうだ。爽やかに、軽やかに、時に艶やかに。他者とは孤立した立場でありながらも常に高みに立ち、周囲を睥睨する。
「どうすんの?」
 そんなヤツ相手に自分から挑もうと思うほど、無鉄砲にはなれねぇんだよ。
 誰にともなく胸中で呟き、ため息ひとつ。
「……わかったよ」
 エリヤは了承した。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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