「――ここには、私と貴方しかいません」 前後左右、手を伸ばしきる事なく壁に届いてしまうほどの狭い部屋は、自然と便所を彷彿とさせる。 「神父が不在のため、シスターである私が神に代わって聞かせていただきます」 足を組むと、木で組んだイスが軋んだ。 「名乗らなくていただかなくて結構です。お話だけ、聞かせてください」 見上げた天井は高く、十字架の形に壁にはめられた窓が陽光にきらめいた。 「悔い改めましょう」 「それ以上、その声で話すのはやめねぇか、ハルネ?」 我慢できずに言い放つ。横目で、右手の壁に張られた小さな格子を見つめる。その向こうで、シスター服の裾が揺れた。 「たまには懺悔したらどうなのよ、エリヤ」 穏やかだった声音が一転、好戦的なそれに変わる。 「懺悔してまで救われようだなんて思ってねぇの」 「あら残念」 ちっともそうは思っていない口振り。続いて、ジッポを開く金属音。 「をい」 「何?」 「懺悔室をスモークで演出か?」 「かたっ苦しい事は言うなって。あんたも吸う?」 格子がスライドして開かれ、タバコの箱を差し出された。 ――なんてシスターだ。 「あ、やめたんだっけか」 呆れてものも言えないエリヤから、あっさりハルネは箱を引っ込めた。 「……先月、街に戻って来たんだってな。ステフから聞いた」 「ちょっと東洋の方にね。おチビちゃんは元気?」 「ステフはいつだって元気だよ。東洋? またどうしてそんな所に?」 「恋人探し」 「ハルネの恋人になるには相当の覚悟が必要だしな。その上、本人は高望みしてると来てる。東洋にはいい男はいたか?」 「ウソよ」 「ああ、そうだろうと思ったよ」 必要以上に刺をもって、エリヤは言い捨てた。 「あははは!」 爽快に笑うハルネの声量は大きく、狭い壁によく響く。 「うるせー」 小さく呟いて顔をしかめるが、彼女に見えるべくもない。たとえ見えたとしても、豪快な笑いを止めはしないのだろうが。 「あんまりからかい過ぎると本気でキレそうだから、こんくらいにしとこうか」 気が済むまで笑い終え、ハルネは息を吸った。 「東洋の土産話を聞きに来たわけじゃないんだろう?」 「聞きたかねぇよ」 格子から漏れる副流煙を手で仰ぎながら、 「ちょっとばかり人を探してるんだ。これがまたヤ〜な依頼人でさ」 「あんたの愚痴って長くなるからカットして」 問答無用で切られた。出鼻をくじかれ、ため息。十字の斜陽に紫煙が揺れる。 「カルラ=クリスティって女を探して欲しいんだ」 「カルラ=クリスティ?」 反芻するハルネに短く肯定した。 「あんたが探せばいいじゃない。わざわざ私に頼む事なんてないと思うけど」 表情を窺う事はできなくとも、彼女が怪訝そうにしているであろう事は声からでも十分に察せる。エリヤは1秒ほど迷ってから、本心を告げた。 「……俺が探してもいいんだけど、なんてーか、私情を挟んじまいそう」 「ああ、そのカルラ=クリスティ」 「もしかしたら別人かも知れねぇけど、もしかしたら、そのカルラ=クリスティかもしれない」 「まだ吹っ切れてないの?」 「とっくに吹っ切れてる――」 エリヤは失笑した。 「――つもりだった」 「未練タラタラね〜」 「だよな〜。俺自身、驚いてるよ」 「――もしも」 ハルネの声が一瞬だけ張りつめる。 「もしも、そのカルラ=クリスティだった時は、エリヤはどうすんの?」 「……さあね」 「答えなんてもう見付けてるって風に聞こえるけど?」 「そりゃ気のせいだ」 右手で左拳を握り、骨を鳴らす。軽く、乾いた音が微動した。 「あっそ」 素っ気無い返事。ふてくされているようにも感じられる。 「じゃ、それにしよう」 唐突に、しかしきわめて自然の成り行きのように、ハルネの口調は踊っていた。エリヤの胸に広がる嫌な予感。 「エリヤがどうするつもりなのか――その答えが今回の報酬」 「……まぢか」 「それとも、ちゃんと金払う? 知ってるだろけど、私の仕事は高くつくぞー」 「まけて」 「まけない」 「ツケで」 「即金でよろしく」 ふふん♪――鼻を鳴らし、勝利を確信しているハルネの笑顔。実際に見えなくとも、想像には難くない。こいつはいつだってそうだ。爽やかに、軽やかに、時に艶やかに。他者とは孤立した立場でありながらも常に高みに立ち、周囲を睥睨する。 「どうすんの?」 そんなヤツ相手に自分から挑もうと思うほど、無鉄砲にはなれねぇんだよ。 誰にともなく胸中で呟き、ため息ひとつ。 「……わかったよ」 エリヤは了承した。
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