エリヤ=マルソーは、ちょっとした音にでも夢から離脱する。しかし彼の寝起きの悪さが、それを相殺してなお、釣を残しているのだった。 まどろみに土足で踏み込む軽やかなリズム足音を遮断するべく、彼は頭まで毛布を引き上げた。 「エリヤ!」 ――ばん! 戸の開く音と、高く丸っこい少女の声は容赦なく脳を揺さぶる。 「エリヤ、エリヤ! エー、リー、ヤー!」 脳だけでは飽き足らず、体まで揺さぶる。 「……うるさい」 強引に覚醒させられた脳にとって、やはり唇の神経を動かすのは重荷だったようだ。加えて頭まで毛布をかぶっているために、うなり声にしか聞こえない。 「エリヤー!」 馬鹿の一つ覚えもいいとこだ。ひたすら名前を連呼し、ひたすら彼の身を揺らす彼女に対し、エリヤはひざを抱え込んで背を丸めた。 断固『起きません』。 または、『起きてたまるか』。 「起・き・ろーッ!」 毛布越しにでも鼓膜をつんざくに十分に足る叫び。とうとうバリケード毛布を剥ぎ取られた。温もりあったものがむしられ、部屋の冷たい空気がチャンスとばかりに身を包み込む。 「さむい〜」 舌っ足らずに苦悶を示しつつ、毛布を探して右手を伸ばす。健闘むなしく、指先は空を切るばかり。すぐにあきらめたエリヤは、畜生、と罵りながら、より一層体を丸めた。 「いつまで寝てんの。もう朝だよ」 「知るか――いって!」 ごっ。拳骨で突かれた額が鈍く鳴る。 「おっまえ…っ」 反論 < 苦悶。 額を押さえたエリヤの身が反る。信じらんないくらいに痛い。涙まじりに右目だけ開くと、彼から強奪した毛布を神経質なまでにきれいにたたむ少女が見えた。紺碧の瞳にかかる赤毛を首の付け根で結わいて、顎のラインがぎりぎりわかる程度の頬の膨らみ。首元には銀のクロスがぶら下がる。セーターにジーンズ姿の丈は142センチと記憶している。成長期真っ只中の12歳。 「目、覚めた?」 エリヤの顔を覗き込んだ少女の首元で、彼をあざ笑うように揺れるクロスが憎たらしくて、手の甲ではたいた。チャリッ――チェーンが涼しく鳴った。 「寝るから毛布返せ」 目をつぶり再び丸める体。だが少女は、せっかくたたんだ毛布を無造作に後ろへ放るや否や、 「素直じゃない子にはお仕置きを」 いつの間に持っていたのか、右手に持った蛍光マーカーの蓋をキュポンッと取る。エリヤが危機感から飛び起きるよりも早く―― 「――とうっ」 眉間にマーカーが走った。
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