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Two DOGs and The DOG 作者:ナコソ

第9回   俺とビル

 殺意でもって刀を振るう。守り一辺倒だった今まで――攻め込むこれから。ビルの殺意がオヤジの死に端を発するものだと明白になった今、俺に躊躇など微塵もない。ビルの太刀に迷いなどないし、ならばこちらも本気にならなければ失礼というもの。ヘタに手加減などしたら、ビルの怒りを相乗するだけだし。
「ひゃはっ! やっと本気モードか!」
 ビルがかわした切っ先が、イスの背もたれをチーズみたいにスライスした。
「しかしまだまだだな!」
 哄笑を撒き散らし正確な太刀筋を放つビルは、さながら狂気。
 刀を弾き弾かれかわされかわし、攻防の境界が曖昧に溶け始める快感。全身の筋肉が躍動する。全身の血液が沸騰する。全神経がビルに集中した。その刀に集中した。次の攻撃を俊敏に察知して防御から攻撃にシフト。
 オヤジに育成され鍛え洗練された反射神経がぶつかり合う。鋼がぶつかり弾き合った刹那をかいくぐって、ビルの身が弓なりに仰け反った。
「両断んんんん!!」
 後方へ振りかぶった刀を――一気に振り下ろす!
 肉薄していた俺はかわす暇なく、己が刀で受け止める他なかった。
 ――ガキィィィッ!
 ビルの全力+体重を乗せた刀は殺人的に重かった。眼間で受けた刀が軋む。膝が沈む。脆くも体勢は崩れた。
「殺っったぁ!」
 ビルの足が顔面に迫る――! 背筋が冷え背骨を悪寒が駆け上った。歯が折れ鼻が曲がってぐしゃぐしゃな顔が脳裏をよぎって――――
 ――――そんなの絶対ヤだ。
 そう考える間もなく無理矢理跳び退る。
 脇腹が痛んだ。膝がみしり。上体をひねるように後方へ跳ぶ。
「まだまだぁぁ!」
 前回りで転がり体勢を取り戻し――振り返ると、イスを使い二段跳びで宙に舞ったビルが身を仰け反らせていた。全身をエビ反りに、頭の後ろへ振りかぶった刀が振り下ろされる――!
 第2弾。
「両断っ!」
「されてたまるかっ!」
 きびすを返すや俺はダッシュで逃げた。
――ブゥオンッ!
凄まじいまでに空を断つ轟音。あんな一撃、もう受けたくない。
全力と体重の相乗の一閃を放ったというのに、着地したビルは体勢を崩しやしなかった。地面に刀を突き立てるようなヘマも、たたらを踏むような醜態も見せずに直立不動。一体どんな脚力をしてるんだか。
「一歩間違えれば隙だらけなのに、絶妙なタイミングで出すんだもんなー、その技」
 感心8割。俺はビルと向き直った。
「当たんなきゃ意味ねぇよ。殺ったと思ったのによ」
 頭を掻きながら、ビルは憮然とうめいた。
「さすがはキアだ、一筋縄にはいかねぇのな」
「大人しく殺されると思ってた?」
「そうは考えてねぇが。予想以上にてこずる仕事だ、こりゃ」
「俺を殺すのが仕事扱いかい」
「ひゃは! 言ったろ? 片しときたい仕事があるってよ」
「あー。言ったよーな、言ってないよーな」
「言ったさ」
 ビルが構えた。体中から殺気がにじみ出る。そろそろ終わりにしたいのは俺も同じだった。こんな面倒臭いチャンバラよりも、惰眠を貪り続ける方が数十倍も気が楽だ。鬼ごっこのせいで昨晩から一睡もしてないのだし……あれ? いつのまにかサヤちゃんがいない。
 まいっかー。
 ヒュンッヒュンッ――刀を2回素振りする。オッケ、問題ない。ビルの攻撃を受け止めた時の痺れは消えていた。相変わらず腹は痛いけど。思いの他、傷は深いのかもしれない。
「次で終わりにしようじゃないか、キア」
「そろそろ、本気で眠くなってきたしね」
「だったら、今すぐにでも眠っちまえ」
 大きく踏み込んだビルは、一気に距離を縮めた。同時に放たれた突きを左によける。くんっ――空で止めた切っ先が回った。
「っらあ!」
 首を狙った一閃が横に伸びる。腰から沈んだ俺は――頭のすぐ上をかすめる刀――踏み込みながらの下段で応戦。跳び退いたビルをさらに攻め込む。息つくのも忘れるほど攻め続ければ、例の凶撃は出せない。その隙を与えさえしなければいい。受け止めれば手は痺れるし、よけるにしたって、ビルは虚を衝くのがうまい。先の回避だって、間合いがあったから成せたものだし。
 俺の連撃はことごとく弾かれた。
 そーいえば、ビルは動体視力が良かったなー。
「そんなんじゃ、ちっとも当たんねぇなあ!」
 無駄口叩く余裕付き。面白くない事至極。
 ビリー=マクライニ。聖フィルデナント教会オーナー。サヤちゃんの雇い主。運動神経抜群。人を見下した態度が気に食わない。細目で釣り目。オヤジはどうしてこいつを育てる気になったんだろ。だって嫌味なヤツじゃないか。こいつと一緒にいて楽しかった事なんて一度たりともない。邂逅を果たしたところで懐古の念など皆無で閉口。むしろ会いたくなかった。嫌悪に虫酸。注ぐ殺意が勿体無い。
 ガキン!――火花に怯む事なく繰り出す刀。腹に痛烈な痛覚。こりゃますますヤバイかも。
 ――ガキッ!
 刀が重なり、交差する向こうで。
「そろそろ死んじまえ」
 ビルが嗤う。
「ひぃやあっっっほぅ!」
 哄笑とともに――刀が左下に弾かれる。生じる隙。振り上がるビルの腕、反る細身。
「ぃぃぃぃぃぃやっはあああああ!」
 勝利を。絶命を。必殺を確信した咆哮。腹筋をバネにした凶撃が放たれ――!



「遅いんだよ、ビル」



 ――――振り下ろされる間もなく、俺の一閃はビルの身を裂いた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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