殺意でもって刀を振るう。守り一辺倒だった今まで――攻め込むこれから。ビルの殺意がオヤジの死に端を発するものだと明白になった今、俺に躊躇など微塵もない。ビルの太刀に迷いなどないし、ならばこちらも本気にならなければ失礼というもの。ヘタに手加減などしたら、ビルの怒りを相乗するだけだし。 「ひゃはっ! やっと本気モードか!」 ビルがかわした切っ先が、イスの背もたれをチーズみたいにスライスした。 「しかしまだまだだな!」 哄笑を撒き散らし正確な太刀筋を放つビルは、さながら狂気。 刀を弾き弾かれかわされかわし、攻防の境界が曖昧に溶け始める快感。全身の筋肉が躍動する。全身の血液が沸騰する。全神経がビルに集中した。その刀に集中した。次の攻撃を俊敏に察知して防御から攻撃にシフト。 オヤジに育成され鍛え洗練された反射神経がぶつかり合う。鋼がぶつかり弾き合った刹那をかいくぐって、ビルの身が弓なりに仰け反った。 「両断んんんん!!」 後方へ振りかぶった刀を――一気に振り下ろす! 肉薄していた俺はかわす暇なく、己が刀で受け止める他なかった。 ――ガキィィィッ! ビルの全力+体重を乗せた刀は殺人的に重かった。眼間で受けた刀が軋む。膝が沈む。脆くも体勢は崩れた。 「殺っったぁ!」 ビルの足が顔面に迫る――! 背筋が冷え背骨を悪寒が駆け上った。歯が折れ鼻が曲がってぐしゃぐしゃな顔が脳裏をよぎって―――― ――――そんなの絶対ヤだ。 そう考える間もなく無理矢理跳び退る。 脇腹が痛んだ。膝がみしり。上体をひねるように後方へ跳ぶ。 「まだまだぁぁ!」 前回りで転がり体勢を取り戻し――振り返ると、イスを使い二段跳びで宙に舞ったビルが身を仰け反らせていた。全身をエビ反りに、頭の後ろへ振りかぶった刀が振り下ろされる――! 第2弾。 「両断っ!」 「されてたまるかっ!」 きびすを返すや俺はダッシュで逃げた。 ――ブゥオンッ! 凄まじいまでに空を断つ轟音。あんな一撃、もう受けたくない。 全力と体重の相乗の一閃を放ったというのに、着地したビルは体勢を崩しやしなかった。地面に刀を突き立てるようなヘマも、たたらを踏むような醜態も見せずに直立不動。一体どんな脚力をしてるんだか。 「一歩間違えれば隙だらけなのに、絶妙なタイミングで出すんだもんなー、その技」 感心8割。俺はビルと向き直った。 「当たんなきゃ意味ねぇよ。殺ったと思ったのによ」 頭を掻きながら、ビルは憮然とうめいた。 「さすがはキアだ、一筋縄にはいかねぇのな」 「大人しく殺されると思ってた?」 「そうは考えてねぇが。予想以上にてこずる仕事だ、こりゃ」 「俺を殺すのが仕事扱いかい」 「ひゃは! 言ったろ? 片しときたい仕事があるってよ」 「あー。言ったよーな、言ってないよーな」 「言ったさ」 ビルが構えた。体中から殺気がにじみ出る。そろそろ終わりにしたいのは俺も同じだった。こんな面倒臭いチャンバラよりも、惰眠を貪り続ける方が数十倍も気が楽だ。鬼ごっこのせいで昨晩から一睡もしてないのだし……あれ? いつのまにかサヤちゃんがいない。 まいっかー。 ヒュンッヒュンッ――刀を2回素振りする。オッケ、問題ない。ビルの攻撃を受け止めた時の痺れは消えていた。相変わらず腹は痛いけど。思いの他、傷は深いのかもしれない。 「次で終わりにしようじゃないか、キア」 「そろそろ、本気で眠くなってきたしね」 「だったら、今すぐにでも眠っちまえ」 大きく踏み込んだビルは、一気に距離を縮めた。同時に放たれた突きを左によける。くんっ――空で止めた切っ先が回った。 「っらあ!」 首を狙った一閃が横に伸びる。腰から沈んだ俺は――頭のすぐ上をかすめる刀――踏み込みながらの下段で応戦。跳び退いたビルをさらに攻め込む。息つくのも忘れるほど攻め続ければ、例の凶撃は出せない。その隙を与えさえしなければいい。受け止めれば手は痺れるし、よけるにしたって、ビルは虚を衝くのがうまい。先の回避だって、間合いがあったから成せたものだし。 俺の連撃はことごとく弾かれた。 そーいえば、ビルは動体視力が良かったなー。 「そんなんじゃ、ちっとも当たんねぇなあ!」 無駄口叩く余裕付き。面白くない事至極。 ビリー=マクライニ。聖フィルデナント教会オーナー。サヤちゃんの雇い主。運動神経抜群。人を見下した態度が気に食わない。細目で釣り目。オヤジはどうしてこいつを育てる気になったんだろ。だって嫌味なヤツじゃないか。こいつと一緒にいて楽しかった事なんて一度たりともない。邂逅を果たしたところで懐古の念など皆無で閉口。むしろ会いたくなかった。嫌悪に虫酸。注ぐ殺意が勿体無い。 ガキン!――火花に怯む事なく繰り出す刀。腹に痛烈な痛覚。こりゃますますヤバイかも。 ――ガキッ! 刀が重なり、交差する向こうで。 「そろそろ死んじまえ」 ビルが嗤う。 「ひぃやあっっっほぅ!」 哄笑とともに――刀が左下に弾かれる。生じる隙。振り上がるビルの腕、反る細身。 「ぃぃぃぃぃぃやっはあああああ!」 勝利を。絶命を。必殺を確信した咆哮。腹筋をバネにした凶撃が放たれ――!
「遅いんだよ、ビル」
――――振り下ろされる間もなく、俺の一閃はビルの身を裂いた。
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