――やばっ。 束を握る両手が汗ばむ。限界感――渾身の力を込め、ビルの刀を押し弾い―― ――絶妙のタイミングで。軽くなる刀。 ビルの笑み。次いで哄笑。 押し弾く対象を失った俺の体は前のめりにバランスを崩す。 無防備な俺を眺めているほど、ビルは馬鹿じゃない。すばやく俺の左脇に身を滑らせ一閃。 ヒュッ!――刀身がうなる。下から上へ――刀が煌めき、紅潮したビルの嗤(え)み。 「ひゃっほぅ!」 力任せに振った俺の刀は易々とよけられ、体は無様に転がった。 「徐々に押されると全力で弾く――キア。お前の悪い癖だ」 すぐに立ち上がりはしたものの、左脇腹を激しく突き抜けた痛覚に奥歯を噛む。触れた左手は赤くぬれた。 「久し振りに会ったってのに、弱点は変わんねぇんだな」 くつくつと、余裕の体で笑うビルの瞳は、明らかに俺を見下していた。懐古でも憐憫でも、嘲り哄笑するでもなく、見下していた。 「キア。俺が殺気を向ける理由なんて、もうわかりきってる事だろ?」 無表情に零れた言は、重く低い。俺は確信する。彼の殺意の源泉がどこにあるのか。俺に流れ着くその激情の源を、彼越しに目を凝らすまでもなく、思い出した。 「おまえがオヤジを殺したんだろが」 6個に分割された体躯。脇腹が痛い。生きたいか? 愛しき友人。コピーキャット――記憶と痛覚と友人と恩人と俺と――交錯して混戦する混濁の一歩手前で、俺は。
「――――――――あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」
笑いが噴き出した。 「はははははははははははははははっっ!」 肺が震え腹筋が軋み傷口が痛むのもいとわず、豪快に堂内の空気を振動する。 「何がおかしい?」 苛立たしげにビルが問うたけど、笑いは止まらない。 「はははははははっ!」 「笑うな」 「はははっ!」 「笑ってんじゃねぇぇぇよぉ!」 ヒュゥンッ!――怒号とともにビルの切っ先が俺の左頬をかすめた。 「…………ビルにとって、これは復讐ってわけだ」 まだまだ、まったく笑い足りたわけじゃないけど、笑い続ければ今度は、頬をかすめる程度じゃ済まないだろう――仕方なく笑いを止めた。まさかいきなり首を飛ばすとは思えないけど、腕や足の1本は飛ばされそうだった。それだけ、ビルの視線は氷点に近かった。 「何故」 「どうして」 俺とビルの声は重なった。 「オヤジを殺した?」 「俺がやったって?」 質問して、すぐさま返答なんて得られない事を知ってるビルは、俺の口が開くのを待っているほど馬鹿でもなかった。おまけに気長でもなかった。 「あの日――俺とキアがオヤジの死体を見つけた、その前日――オヤジは誰かと会っていた。それがおまえだったってわかったのは、地下塔から出て数年後の事だ。どうやって知ったかなんて、野暮ってぇ事聞くなよ? 情報が財産だと豪語するヤツはキアも知ってるはずだ」 「ジョーイだね」 敬愛して止まないクラシック音楽から付けた名なのだと言っていたけど……はて、どの曲だったっけ? ジョーイとも、しばらく会ってないなー。 「どうして殺したんだ?」 ジョーイの事なんてどうでもいいとばかりに、ビルは俺を睨み付けた。ああ、憐れなるはジョーイ。 「あれだけ立派な人を、どうして殺める必要があった?」 「その立派な人に育てられたってのに、ここにいる2人の成れの果てを見たら、さぞ悲しむだろうね」 ビルの神経を逆撫でたつもりはなかったんだけど、 ――ヒュゥンッ! 事実は、左頬に傷を増やした。 「ふざけてやってんじゃねぇんだよ、キア。おまえがオヤジを殺したって事に、俺の腹は煮え繰り返ってんだ」 「それを聞いてどーすんの?」 「冥土に行く前に懺悔させてやろうって言ってんだ」 「教会に呼ぶってのも、洒落が利いてるね」 「友人の情けだ、祈ってやるよ」 「……残念だし、惜しい事だけど」 俺の中で、それは固まった。揺るぎなく固く、消え難いまでに堅く。 「神なんてクソ食らえだ。懺悔する気も冥土に行く気も、さらさらないね」 「強情だな」 「取り柄だよ」 俺は地を蹴った。
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