オヤジは肌の浅黒い、豪快に笑う男だった。筋骨隆々とした体躯の持ち主で、巨体でありながら俊敏で、その明るい性格から周囲の人望は厚かった。 50歳手前だというのに、20歳だと言い張っていた。 くだらないジョークを飛ばしては、1人笑っていた。 それでも、剣技には長けていた。 オヤジが教えてくれたのは、地下塔に置ける生き方――弱者に回らない処世術。 俺やビルが育った地下塔は、奪うか奪われるかの世界で、まるでそれが根本であるかのように絶対で混沌だった。オヤジに拾われるまで弱者でしかなかった俺は、運が良かったんだ。 「生きたいか?」 血の海、死体の岩礁――難破した俺に手を差し伸べた時以来、親父の真剣な顔なんて見た事がない。 そう言えば、オヤジが言っていた。 「こいつだ! って思えるヤツが現れたら、俺はこの剣をそいつに譲るつもりだ。ただ譲るだけじゃつまんねーな。ちょっとした試験をやって、そいつがクリアしたら、その時には譲ろう」 試験。 「内容は教えらんねーなあ!」 知りたかったら、俺を震わせろ――そんなの無理に決まってんだろ。 そして殺された。 殺され尽くした。 きっと、殺され飽きるくらいに。 ――ガキッ! 鉄と鉄のぶつかり合う音、そして火花。振り下ろされたビルの切っ先を紙一重でよけ、振り上げた俺の切っ先が空を切る。そして火花、火花。堂内に響く鉄の衝突音が、次いだ衝突音に切り裂かれる。徐々に体内を満たしていく高揚感も、うなじの産毛をチリチリと灼く緊張感も、久方振りの心地良さだった。 ――ガキッ! もう何度目かなんて数えていない――火花。刀で刀を押し合うツバ迫り合い。呼吸が感じられるほどに近いビルの顔は――嗤(わら)っていた。 「腕、鈍ったんじゃねえか?」 「ビルの方こそ」 「言ってくれるねぇ」 言うが早いか、ビルの足が蹴り上がる。予想できた攻め方――後ろへ飛び距離を取る。次の攻撃に身構え――だけど、ビルは飛び込んでは来なかった。 「キア」 刀を肩に乗せながら、 「お前、1人で動いてるんだってな」 人を見下すように笑う。この笑いが嫌いだった。 「その間に、ビルはトップに上り詰めた。自慢話でもするつもり?」 「武勇伝でも聞かせてやろうって事さ」 「せっかくだけど」 丁重に断ろうとしても、ビルは聞かなかった。 「最初は、先代オーナーのボディーガードだったんだ」 「その話、長いの?」 長い話なんて、エリヤだけで十分だ。 「キアは集団行動を嫌ってる」 俺の言葉なんて初めからなかったかの如く。 「けどな、キア。集団行動もいいもんだ。1つの仕事でも、分割すりゃ負担が軽くなるって道理くらいわかるだろ? しかも、マフィアでの集団行動だ。これがまた、なかなかおもしろい。構成員の全員が全員、欲深いヤツラばかりなんだ。搾取したくてたまらんヤツらばかりなんだよ。そんなヤツらだけで集団行動するんだ、楽しくないか?」 ちっとも楽しくないです――俺は肩をすくめて首を傾げた。ビルが嘲笑(わら)う。 「集団行動が嫌いなヤツだ、わからねぇか」 「そういう事」 「気に食わねぇな」 言を吐くと同時にビルは地を蹴った。咄嗟に身構え、刀を振り上げる。 ――ガキンッ! 右上から振り下ろされた凶撃を弾いて一気に肉薄。みぞおち目掛けて膝を突き出すも、ビルは飛び退ってかわした。 「ひいっやっは!」 笑うように掛け声を放ち、ビルの刀が薙ぐ。すんでのところで重心を落とした俺の頭上で空を切る音。 「もいっちょ!」 振り切った手を返して繰り出された下段の薙ぎをバック転でよける。 「ちょこまかしてんじゃねぇよぉぉぉぉぉ!」 だんっ!――大きく踏み込んだビルが、さらに刀を振り上げ――! なんて器用なヤツ!――切っ先が過ぎたのは鼻先! …………おー、間一髪。 「キアぁぁ!」 さらにさらに踏み込んで振り下ろされた一撃を、刀で受け止めた。 「気に食わねぇんだよ」 刀で刀を押し合って拮抗する中、ビルが言う。 「いつだって飄々としてやがる。余裕ぶった顔、なめきった態度。おまえはいつだってそうだ」 瞬きもせずに見開いた瞳。乾いた唇が歪む。 「俺と同じ、人殺しだろうが」 俺の心は、波打ちやしなかった。 「一市民として生活してんだってな。殺しやっといて、何も知らんって顔で生活してんだってな」 刀を押す力が強くなる。 「今まで、何人殺してきた?」 ――そうなんだよ、エリヤ。 俺は、何人どころか何十人も殺してるんだ。 だからね、エリヤ。 あの時言った言葉は本音なんだよ。 それでも、そんな俺を友人と呼んでくれる。 うれしいんだよ。感謝してる。 こんな俺を。 こんな俺でも。 こんな俺なのに。 「――――ねぇ、ビル」 「あん?」 「どうしてビルは、こんなにまで俺に殺気を向けるの?」 「お前に向けないで誰に向けんだよ」 押し殺し絞った声音――ビルの刀が重くなった。
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