「まさかビルが、聖フィルデナント教会にいるなんて思わなかったよ」 「立ったまんまってのも疲れるだろ? 座れよ。イスはたくさんある」 促されたけど、俺は肩をすくめて断った。横目でサヤちゃんの様子を窺うと―― パチッ。 爪を切っていた。 「……サヤちゃん?」 たまらず声をかけた。 「はい?」 隅っこに身を寄せ、うずくまって、左手の爪を切るサヤちゃん。 「何してんの?」 「爪切りですけど?」 うん、それは一目瞭然だ。 「どうして、今なの?」 「ちょっと気になったもんで。爪の長さは均等じゃないと気になるんです」 そう言うと、再び爪切りに専念する。右手で構えた爪切りと、左手を睨み付ける双眸。 パチッ。 慎重に爪切りをしてるサヤちゃんは、いいや、放っとこう。 「ひゃははは! そいつ、おもしろいだろ? 先代のオーナーがよく使っていた女なんだ。仕事は早いし確実。現に、今こうしてお前を連れてきたしな」 その間に、4時間弱の鬼ごっこがあったとは、ビルも思ってないだろけど。 左手を眺め首を傾げるサヤちゃんからビルへと視線を戻すと、彼はその痩躯で立ち上がっていた。 「そう言えば」 俺の中で、1つの仮定が組み上がった。 「聖フィルデナント教会のオーナーが死んだって聞いたよ。体をバラバラに刻まれて、木に磔にされてたって」 ビルは笑っていた。目を細め、唇を歪めて。 「まるで、オヤジと同じ殺され方だね」 俺は無表情にビルを見つめる。 「聖フィルデナントのオーナーなんだって? 先代が死んでくれたおかげで、ビルは成り上がれたわけだ?」 「そのおかげで、今や多忙だけどなぁ。俺がオーナーだってのがそんなに気にくわねぇのか、いつ寝首をかかれるかわかったもんじゃない。不眠症になりそうだ――ひゃはっ!」 「そんなに大きくはないマフィアとは言え、それでも大将になったんだ。ビルも偉くなったもんだよ」 「フィルデナントの規模は、これから大きくしていくさ」 イスに置いていたらしい、ビルはそれを手にすると一息で鞘から抜いた。 「その前に、どうしても片しときたい仕事があるのさ」 一振りの刀が空を薙ぐ。小気味良い音。 「――ひとつだけ、聞いてもいーいかい?」 俺は人差し指を立て、ビルに示した。 「どうして先代オーナーを、オヤジと同じように殺した?」 オヤジ――といっても、父親と言うわけじゃなくて、育ててくれたって点ではそうなのだけど、いわば師匠だった。俺とビルを育て、生きる術を教えてくれた人物。地下塔において、心を許す事のできた数少ない人。聖フィルデナント教会先代オーナーと同様に、体を刻まれ殺された男。 「どうして、だって? ひゃあっは!」 刀と鞘を持ったまま両手を広げる。さも当然とビルは言ってのけた。 「俺からキアへのメッセージさ。お前がどんな仕事しているかってのは知ってたんだがよぉ、こっちから接触しにくかったからなぁ。オーナーの死にっぷりを見りゃわかるだろって思ったんだが」 ちっ――ビルの舌打ちは、妙に湿っているのだった。 「気付かなかったみたいだな、キア」 「ビルと聖フィルデナント教会と、俺の中ではつながってなかったんだ。そんな符合(メッセージ)なんて気付かないよ。世の中、似たような事するヤツもいるもんだ、って思ったくらい」 「ひゃはははは! おまえらしいなあ! オヤジの死ってのは、所詮その程度だったって事か!」 ビルの哄笑は、懐かしさも覚えないくらいに耳障りだった。 俺はコートを脱ぎ捨て――背中に背負っていたそいつを握り――ゆっくりと引き上げた。金属同士が擦れる音に鼓膜が震える。 「――いつ見ても、そいつは綺麗だな」 「俺も、そう思う」 俺が抜いたそいつは、刀と呼ぶにはシンプルすぎる代物。握り部分から刀身まで、すべて金属でできた刀。部署の名称など意味を持たない、一枚鉄の剣。しっかりと握られるように指の形にくぼんだ握りから、わずかに反ってスゥッと伸びる刀身は片刃。地価塔でのみ造られる金属なのだと、オヤジは言っていた。錆知らずの折れ知らず――まるで不屈の信念を具現したような刀だと。 「さて――」 重心を沈め、ビルが構える。 「――殺し合おうか」 真上に放られた鞘を一瞥し――俺も構えた。 「めんどくさ〜」 ビルの唇が、ニタァと左右に伸びた。
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