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Two DOGs and The DOG 作者:ナコソ

第4回   地下塔

「――とても綺麗な方ですね」
 その背中が2階へ消えた後も名残惜しそうに、サヤちゃんは階段を見つめていた。惚けているようにも見えた。
「恋人がいないなんて不思議です」
 応えたのはエリヤだった。
「ルコ自身の問題があるんだ、仕方ない」
 ルコ姉の問題――――はて、何だろう?
「完璧じゃないですか。料理もできるし性格もいいし、何より美人です」
 サヤちゃんの中では、どうやら『美人』の配点は高いらしい。
「エリヤさんだって、一緒に働いてて思いませんか? あんな綺麗な人といられるなんて、私は羨ましいです」
「何も感じないね」
「そんなの男じゃありません」
 肩をすくめたエリヤへ、ずいぶんと一方的な断定。睨むサヤちゃんは殺意すら感じさせた。サヤちゃん、ルコ姉にご執心。
「何とでも。――ところで、かなりの興味をキアに持ってるみたいだな」
 語調をそのままに、エリヤは話題だけを変えた。
「恋人なんかじゃありません」
「キアに何の用だ?」
 シリアスなエリヤに突っ込みは期待できないよ、サヤちゃん。
「エリヤさんには無関係です」
 突っ込まれなかったせいか、ふてくされながらもエリヤに振り向く。
「私が用のある人はキアさんだけです」
「マフィアがキアに何の用だ?」
 問い質すエリヤの口調は容赦なかった。敵意丸出しで睨み付ける。
「言っておきますけど」
 サヤちゃんはマグカップを手に取ると、手首だけで器用にカップを回しながら言い切った。
「私はフィルデナント教会の人間ではないんです。オーナーが会いたいって言っていて、キアさんを連れて来るように依頼されただけですから」
 なるほど。そういう意味での『使い』だったわけだ。
「エリヤさんには、無関係な話なんです」
 もう一度言う。今度こそ反論を許さない、反論を拒絶する物言いで。
「だったら」
 だがエリヤは、時にこの俺が呆れてしまうほどに、決して物怖じしない性格の持ち主であるのだった。
「使いであるお前じゃなくて、オーナー本人が来ればいいじゃないか」
「やたらと絡むんですね」
 エリヤから俺へと移したサヤちゃんの視線は、窓の外へ行き着いた。マグカップを唇に付け、音を立てずにスープをすする。
「大事な友人だからな」
「そんなに想ってくれてたのね、エリヤっ」
「…………」
 裏声で言ったら睨まれた。
「……………………」
 サヤちゃんはドン引き。
「空気を和ませようと、かわい子ぶってみました」
「いらん事すんな」
 エリヤってば、なんて冷たい。
「――依頼されたって言ったな。じゃ、おまえは何者なんだ?」
 エリヤはすぐに切り替えて、まだ引き気味のサヤちゃんに問うた。昨晩の身のこなしが想起――俺を吹き飛ばし、あまつさえ朝まで追い駆け続けるなんて、並大抵の女じゃないのは確実。
「ただの小市民です」
 たいそうアグレッシヴな小市民だ。
「バイト代稼ぎにマフィアを使うってのか」
 皮肉もいいけど、エリヤ。そこは突っ込もう。激しく突っ込もう。
「多少、マフィアとのつながりのある小市民です」
 サヤちゃん……どうしてそうも小市民にこだわるか。
「埒が明かないな」
 ため息ついて、エリヤは両手を上げた。
「キア。お前が聞けば答えてくれるんじゃないか? あの女にとって、キアは関係者なんだから」
「そうだねー」
「……何してんだ」
「鼻と唇の間にタバコ挟んでんの」
「返せ」
 俺から奪ったタバコをくわえ、とっとと聞け、とエリヤの目が促す。聞け、と言われても。
「俺、フィルデナント教会とは面識ないはずなんだけどなー」
「そんなはずないです」
 火を付けて主流煙を吸い込むエリヤ越しに、その眉を上げて、サヤちゃんはたやすく否定してくれた。
「オーナーは、キアさんの事をよく知ってる風でしたよ? なんでも、以前は相当仲が良かったとか」
 知らないどころか憶えがない。
「オーナーの名前、教えてもらってもいーかな?」
 思えば、この時に名前を聞くべきじゃなかった。そうすれば、ストーリーはもっと違う終着点に向かっていただろうし、あんな胸クソ悪い思いもしなくて済んだ。けどこの時の俺は、オーナーと面識がないって信じ切っていたし、だからこそ無防備にも、何気なく、信じ切ったまま、聞いたのだった。
「ビリー=マクライニです」
 知ってるどころか忘れられない名だった。
「知ってる名前なのか?」
「知らない」
「ウソつけ。お前はわかりやすいんだ、ウソつくだけ無駄なんだよ」
 とぼけるのが得意な人間は、とぼける人を看破する目もまた、長けているようだ。
「ウソをつくと目が泳ぐからな。すぐにわかる」
 俺がヘタなだけらしかった。
「その、ビリーってヤツは?」
「地下塔(アンダーグラウンドタワー)にいた時の友達」
 地下塔(アンダーグラウンドタワー)――その単語を口にしたのはどのくらいぶり? きっと、シスターと対峙した時以来だから、1年ぶり?……そんなに久し振りじゃない気はするけども、頻繁には出ない単語であるのは間違いない。エリヤにしてみれば、今やその単語とは無縁の世界に身を置いているのだから、俺以上に久しぶりな響きのはず。そしてそれは、心地良い郷愁なんかよりも何光年と離れているらしく、
「そいつはまた……関わりたくないな」
 エリヤの表情は渋く歪んだのだった。
「お2人とも、地下塔(アンダーグラウンドタワー)出身なんですか?」
 割り込んだサヤちゃんは、能天気に聞いて来る。
「サヤちゃんも?」
 尋ねたところ、首を小刻みにふるふると振って、
「少し知ってるくらいです。出身でもなければ育ってもいません」
 小市民レベルじゃ聞く事すらないぞ。
 スープをすするサヤちゃん――何者か知れない人物。みすてり〜。
 そして、それ以上に――はるかに凌ぐ、厄介な人物――ビリー=マクライニ。
「エリヤ」
「何だ?」
「アレ、受け取っていーい?」
 そっぽ向いてタバコを吸い、煙を吐いて、
「部屋にある。勝手に持ってけ」
 さっき言った事、忘れんなよ?――エリヤの横目が言っていた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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