■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

Two DOGs and The DOG 作者:ナコソ

第3回   サヤちゃんとルコ姉

「……なあ」
 エリヤが、俺を振り向きもせずに嘆息。
「どうしてマフィアの使いがAnnyでメシ食ってんだ?」
「お腹空いたんだって」
「そうじゃなくてよ」
「じゃ、何?」
「どうして、キアと一緒にAnnyに来たんだ? 敵対者だろ?」
「あーっと……」
 4時間、街を全力で逃げて追い駆けて、さすがの俺も疲れてしまった。サヤちゃんの持久力もかなり尋常ではなかったけども、長時間の追走に確実に体力は削れたようで、もう数えるのも億劫になるくらいの数十度め、俺に追い着いた時、
「っ、い、1回…(唾を飲む)…休憩し、ませんっ…か……?」
 肩で息をしながら、提案したのはサヤちゃん。
「じ、じゃあ…(大きく深呼吸)…近くにいい店……があるから…そこで……」
 俺も俺で心臓が激しく打っていた。
 気息奄々の体で向かい合う2人を、犬の散歩中のおばちゃんが奇異な視線でチラチラ見ていた。
 おばちゃんなんかどうでもよくて――こうして俺とサヤちゃんは、2人そろってAnnyに入店したのだった。
「……利害の一致、かな」
 思い切り端折った返答だったのだけど、エリヤはふぅんと鼻を鳴らした。エリヤにとって、本当の意味での興味はそこにないようだった。サヤちゃんを凝視するエリヤ――さて、何を考えてるのやら。
「ルコさん。おいしい食事をありがとうございました」
 皿をキレイに平らげたサヤちゃんは、次いで差し出されたスープをすすろうとして、
「あちっ」
「そんな慌てて飲む事ないのよ。ゆっくりしてって」
 ルコ姉の慈愛に満ちた声音を前に、湯気の立つマグカップに息を吹きかける。
「ルコさんってこんなに美人なのに、こんなおいしい食事まで作れるなんて羨ましいです」
「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいわ」
「天って、二物を与えるもんなんですね」
 サヤちゃんの大絶賛に、エリヤが嫌味っぽく笑った。その理由を知らない俺は、それを聞く事もせずに、2人の様子を眺め続ける。
「サヤさんだって、料理できるんじゃない?」
「それが全然ダメなんですよ」
「私だって、最初はまったくダメだったのよ。好きこそ物の上手なれの典型」
「それで店を出してるんだから、ルコさんは料理の才があったんですよ。私はてんでダメです。どんなに頑張ってみても、インスタントの方がおいしいんですから」
 大げさに肩を落としてため息をつくサヤちゃん。果たしてどれ程の料理をしてくれるのか、少し気になった。
「ルコさんの恋人が羨ましいです。こんなおいしいスープを飲めるんだから」
 スープをすすったサヤちゃんは、ほぅっと言葉を漏らす。それには俺も同感。ルコ姉の恋人は、さぞ食に困らないだろーね。
「私、恋人いないのよ」
 鍋を煮込んでいた火を止めて、ルコ姉は意外にもあっさりといいのけた。意外にも、一見それとわからないほどの微々たる悲哀をその微笑に乗せて。
「本当ですか? ルコさんだったら、男に不自由しないと思うのに」
 哀しい表情なんて見た事がなかった。初対面であるサヤちゃんには、気付けないほどのわずかな変化。俺はエリヤに視線を投げたけど、天然パーマの後頭部は微動だにしない。
「世の中ってそれほど、うまくはできてないみたい。殊更、男と女の仲ってものは」
 ルコ姉の言葉は説得力で重かった。キッチンから出てサヤちゃんのとなりに腰掛けると、
「だから、今に一生懸命にならなきゃね」
 サヤちゃんの肩に手を乗せて俺をチラ見。
――って、あれ?
「キアくんを大切にしてあげてね」
 サヤちゃんがマグカップを取り落としそうになった。
「そういう仲なわけだ?」
 エリヤ。真顔で聞かないで。
「ちっ違います!」
 心外極まれりと声を荒げるサヤちゃんを、ルコ姉はきょとんと見つめた。次いで俺を見て、
「付き合ってるんじゃないの?」
 違います。
「だって、朝帰りでしょ?」
 とんでもございません。
「とんでもないです!」
 ひと際荒げられるサヤちゃんの声。ぶんぶんと、千切れるんじゃないかと心配してしまうほど、顔と手を振って否定を強調する。
「あの人とは清い仲です!」
 否定するポイントが違かった。
「あら、私ったら」
 おもむろに赤面したルコ姉は照れ笑いを浮かべる。
「すっかり済んでるものだと勘違いしちゃったわ。先走って恥ずかしい」
「わかっていただけて嬉しいです」
 安心するには早いよ、サヤちゃん。誤解されたままだよ。
 キッチンの戸棚の上に掛けられた時計を、ルコ姉は見上げ、
「あら、こんな時間」
 あと5分ほどで8時になるのを見て、いそいそとハーフエプロンを外した。
「エリヤ。洗濯してきちゃうから、ちょっと店番をお願いね」
「俺に任せて平気か?」
「平気よ。この天気だし、きっとお客さんは来ないわ」
 軽く手を上げ了承を示したエリヤを見届けて、店の奥にある階段へとルコ姉は駆けて行く。パタパタと軽快な足音が、階段の向こうに消えた。

← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections