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Two DOGs and The DOG 作者:ナコソ

最終回   俺とシスター

 ざくっざくっ。
「こりゃまた、手酷くやられたもんだ」
 天使さん(or 死神さん)は、予想に反して女声で零した。
「しかもかなりの出血量。これじゃ、凍死よりも失血死の方が早いんじゃない?」
 呑気なもんだ。足音が止んだのと、声の具合から彼女が傍らにいる事はわかるけども、顔を上げる事すらできない俺。
「生きてるかー、キアー?」
 天使さん(or 死神さん)は俺の名を知っているらしい。
「おーい?」
 ざくっざくっ――体の右側に迂回してくれたおかげで、その姿が視界に入る。顔を覗き込んで来た天使さん(or 死神さん)は、ダークジーンズにダウンジャケットという、いたってラフな出で立ち。足元はロングブーツだった。肩まで伸びた後ろ髪、目元で揺れる前髪。瞳は大きく、通った鼻梁を携えた顔は精悍そうで、奇しくも、俺の知人と同じ顔を持っていた。
「やあ、天使さん」
「誰が天使さんだ」
「じゃあ、死神さん?」
「その鼻頭、踏み潰して欲しい?」
 どうやら、どちらでもないらしい。だとすれば、この女は。
「シスターが、どうしてこんな所に?」
 吐いた声音は、自分のものなのか疑わしくなるくらい弱々しかった。
「エリヤが心配してたよ。だからこうして、私が来たんだ」
「自分は来ないなんて、エリヤの薄情者」
「もしも危険なシチュエーションだったらどうすんの。そんな渦中にエリヤを巻き込みたくないでしょ。それでも行くって聞かないもんだから、ベッドに縄でグルグルと」
「S気質」
「愛よ」
 平然と言いのけ、笑うシスター。
「ねぇ、シスター」
 呼吸が浅くなっていた。吐息短く、彼女に請う。
「懺悔してもいいかな? 嫌だと言うのなら、独り言として聞いてもらって構わない。むしろ聞き流してもいいくらい」
 彼女は呆れたような、とても微妙な表情を浮かべた。
「あんたね、懺悔よりも手当てする方が先だってわかんない? 手当てした後だったら、いくらでも聞いてあげる」
「いいんだ。懺悔したいんだよ。今だからこそ。治療なんていつでもできるけど、その後に懺悔したいって思わないだろうし」
「どうして私の周りの男どもは、こうも頑ななヤツばかりなのかしら」
「誉め言葉として受け取るよ」
「どういたしまして」
 シスターの言には嫌味がたっぷり含まれていたけれど、どうぞ、と促してくれた。
「俺、ビルに本当の事を言ってなかったんだ」
 もう寒さなんて関係なかった。寒さなんて感じない。
「ビルは、オヤジを殺したのが俺だなんて考えてたみたいだけど」
 死んでく感じ――ビルの言葉を実感しながら、シスターを見上げる。真っ直ぐに。
「すべては計算通りだったんだよ」
 そうなんだ。事は思った以上に計算通り。
「あいつが絶大な信頼を置いていた人間に偽りの事実を告げて、ビルに情報が流れるように仕組んだのは俺だよ。たしかに情報は財産かもしれないけど、それが真実とは限らないんだよね」
 確実な情報こそが財産になり得る。虚言なんて単に、偽りなくゴミだ。だからこそ、ジョーイは事実を欲した。虚言を呈する代償としての事実を、俺は支払ったのだった。
「殺したのは俺じゃない」
 変わり果てたオヤジの姿を目の当たりにした時、絶望に俺が叫んだ事を憶えているかい、ビル。
「オヤジはね、自分の後継者を見付けたんだ。でもって、そいつに試験を与えたんだよ。話自体は、極めて簡単な事なんだ。ただビルが、そいつを知らなかっただけで」
 ビルは知り得なかっただけ。
 そりゃそうだ。そいつはその時まで、オヤジとは何の接点もなかったんだから。一目見ただけで、オヤジは惚れ込んだんだと言っていた。
 そして、殺される事になる直前に、オヤジは俺に託した。
 そいつの友人になり続ける事を。
「試験ってのはね、オヤジを――オヤジを、完膚なきまでに屠(ほふ)る事だった」
 結果、オヤジは屠られた。
 それこそ屠り尽くしようのないまでに。
 痺れを切らしたシスターが、口を開いた。
「――時間切れよ、キア。これ以上しゃべってたら、本当に死ぬわ」
「もう少しだから、話させてよ」
「うんざりするくらい頑固ね」
「ありがとう」
 眠い。睡魔に覆い被されてる気分。きっと5、6匹はいるに違いない。だって体が重いし。
 睡魔に鷲づかまれてる脳でも、唇は動く。俺が今まで、誰にも告げなかった言葉。ひた隠しにし続けた音吐。
「試験に合格したそいつは、オヤジの剣を託されたんだ。――殺される時、オヤジは何を思ったんだろうって今でも考えるよ。復讐なんて、やろうと思えばいつでもできた。だって俺は、そいつの傍にいるんだから」
 俺の傍にいて、オヤジの一枚鉄の刀を持っている人物。
 シスターの目が、渋いものを口にしたように細まる。
 ご名答だよ、シスター。

「オヤジを殺したのは、俺の唯一無二の友人だ」

 俺は深く息を吸った。
 圧迫されたように肺が苦しくて、大きくは吸えなかったけど。
「こんな事、ビルに教えられる? あいつの事だ、すぐに友人を殺しに行くよ。だったら、俺を恨み、続けて、くれ、れば……」
 意識が遠退く。
 これで眠れる。
 深い睡眠へと。
 暗い惰眠へと――

「――安心なさい、キア。あなたは救われるわ」

 ――落ちる間際に、シスターの言葉を聞いたような気がする。







end

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Novel Editor by BS CGI Rental
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