■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

Two DOGs and The DOG 作者:ナコソ

第12回   俺と雪

 寒い。
 寒い。
 あー、寒い。
 はらはらと舞う雪は、世界を白く霞ませる。曇天は空の高さを曖昧にさせているし、積もった雪が、運ぶ足を絡み取ろうとしているし。……まったく、怪我人を労わる気持ちを持って欲しい。
 腹の傷はやはり深いみたいで、しかもかなり出血していたみたいで――さっきから足元が覚束なかった。なんだか頭がフワフワする。
 これは、ちょっと、ヤバイかも。
 雪道にわずかにへこみとして残っている、2人分の足跡――サヤちゃんと歩いた道を戻ってみると、意外と距離があるのだと感じた。来た時はサヤちゃんがいたから、話しながらヒマを潰せたけども、今、俺は1人――独り。いっそ、歌でも唄って孤独感を紛らわそうか。
 ……何を唄えと。
 雪、無音と足音、孤独。それと、血。
 こんだけ寂しい状況でマッチする唄を、俺は知らなかったりして。
 ……唄えないじゃーん。
「わっと」
 とうとう、ただでさえふら付き頼りなかった足が雪に取られ、俺は積雪にダイブ。頬に当たる雪は馬鹿みたいに冷たくて、むしろ痛い。このまま眠ったりしようものなら確実に死ぬんだろなー。
 いかんいかん。
 起きなきゃ、立たなきゃ、歩かなきゃ、帰らなきゃ。
 日本の腕を雪に突き立てて、両膝で腰を浮かせ――かくん――肘が折れ、立てた膝が伸び、前方の雪に顔から突っ込む。
「……あれ?」
 ウソみたいに、体が動かない。力が入らない。
「……あれあれ?」
 動かして見た手は、指先が痙攣するだけで、雪を握る事すら叶わなかった。
 ……いやー。マジヤバイっす、俺。
 寒さに唇が震え始めた。奥歯がカチカチ鳴った。雪に埋めた顔を、苦労して右に回す。顔左半分を雪に埋ずめ、右半分に雪が落ち、吐いた息が白く震えた。
 さて。ここでクエスチョン。
 私はどうなるでしょう。
 アンサー。
 このまま問答なんて無用に雪が降り積もって、私は凍死する事でしょう。人型に盛り上がった積雪を見付けてくれる気の毒な人がいるか、はたまた、雪が溶けるまで見つからないか。
 そう、問題は。
 凍えた俺の身体を見付ける、気の毒な人がここを、いつ通るのかという差異のみ。
 気の毒なあなたにささげる、愛の言葉。
 ――ご愁傷様。
 雪に埋没していない右目で、空を見上げる。視界一面グレーを背景に大粒の白、白、白。虎視眈々と、しかし確実に俺の体温を奪おうとしている雪は、かくも綺麗に目に映る。舞い落ちる様は純粋で、落下地点の定まらない浮遊感は魅力的で、身体に積もるわずかな重みは寛容で、包容力があって、優しく冷たい。
 こんなにも。
 こんなになってもなお、雪を愛しく感じるなんて。
 雪が嫌いだった。
 オヤジの死を思い出すから。
 雪が嫌いだった。
 オヤジの断末魔を、きっと吸い込み無力化しただろうから。
 雪が、嫌いだった。
 嫌い、だったのに。
 ――眠い。眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠眠眠眠眠眠眠眠……

 ざくっ  ざくっ  ざくっ

 ……空耳かな。こんなに雪が降ってるってのに、足音が聞こえる。雪を潰し平たく固める足音が。

 ざくっ  ざくっ――――ざくっ。
 
 近付いている。幻が近付いている。
 あー、これはきっと天使さんだ。最期に現れる天使さんだ。かの名作にも現れる、少年と犬を天国に誘い導く……あれ? 天使さんだったら、こう、空から一筋の光が降りて来ておかしくないのだけども。
 そもそも、天使さんなら羽で飛べるはず(イメージ)。
 だったら、あれかい? 死神さんかい?
 とか何とか考えている間に、足音はすぐ間近にまで近付いていた。

← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections