寒い。 寒い。 あー、寒い。 はらはらと舞う雪は、世界を白く霞ませる。曇天は空の高さを曖昧にさせているし、積もった雪が、運ぶ足を絡み取ろうとしているし。……まったく、怪我人を労わる気持ちを持って欲しい。 腹の傷はやはり深いみたいで、しかもかなり出血していたみたいで――さっきから足元が覚束なかった。なんだか頭がフワフワする。 これは、ちょっと、ヤバイかも。 雪道にわずかにへこみとして残っている、2人分の足跡――サヤちゃんと歩いた道を戻ってみると、意外と距離があるのだと感じた。来た時はサヤちゃんがいたから、話しながらヒマを潰せたけども、今、俺は1人――独り。いっそ、歌でも唄って孤独感を紛らわそうか。 ……何を唄えと。 雪、無音と足音、孤独。それと、血。 こんだけ寂しい状況でマッチする唄を、俺は知らなかったりして。 ……唄えないじゃーん。 「わっと」 とうとう、ただでさえふら付き頼りなかった足が雪に取られ、俺は積雪にダイブ。頬に当たる雪は馬鹿みたいに冷たくて、むしろ痛い。このまま眠ったりしようものなら確実に死ぬんだろなー。 いかんいかん。 起きなきゃ、立たなきゃ、歩かなきゃ、帰らなきゃ。 日本の腕を雪に突き立てて、両膝で腰を浮かせ――かくん――肘が折れ、立てた膝が伸び、前方の雪に顔から突っ込む。 「……あれ?」 ウソみたいに、体が動かない。力が入らない。 「……あれあれ?」 動かして見た手は、指先が痙攣するだけで、雪を握る事すら叶わなかった。 ……いやー。マジヤバイっす、俺。 寒さに唇が震え始めた。奥歯がカチカチ鳴った。雪に埋めた顔を、苦労して右に回す。顔左半分を雪に埋ずめ、右半分に雪が落ち、吐いた息が白く震えた。 さて。ここでクエスチョン。 私はどうなるでしょう。 アンサー。 このまま問答なんて無用に雪が降り積もって、私は凍死する事でしょう。人型に盛り上がった積雪を見付けてくれる気の毒な人がいるか、はたまた、雪が溶けるまで見つからないか。 そう、問題は。 凍えた俺の身体を見付ける、気の毒な人がここを、いつ通るのかという差異のみ。 気の毒なあなたにささげる、愛の言葉。 ――ご愁傷様。 雪に埋没していない右目で、空を見上げる。視界一面グレーを背景に大粒の白、白、白。虎視眈々と、しかし確実に俺の体温を奪おうとしている雪は、かくも綺麗に目に映る。舞い落ちる様は純粋で、落下地点の定まらない浮遊感は魅力的で、身体に積もるわずかな重みは寛容で、包容力があって、優しく冷たい。 こんなにも。 こんなになってもなお、雪を愛しく感じるなんて。 雪が嫌いだった。 オヤジの死を思い出すから。 雪が嫌いだった。 オヤジの断末魔を、きっと吸い込み無力化しただろうから。 雪が、嫌いだった。 嫌い、だったのに。 ――眠い。眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠眠眠眠眠眠眠眠……
ざくっ ざくっ ざくっ
……空耳かな。こんなに雪が降ってるってのに、足音が聞こえる。雪を潰し平たく固める足音が。
ざくっ ざくっ――――ざくっ。 近付いている。幻が近付いている。 あー、これはきっと天使さんだ。最期に現れる天使さんだ。かの名作にも現れる、少年と犬を天国に誘い導く……あれ? 天使さんだったら、こう、空から一筋の光が降りて来ておかしくないのだけども。 そもそも、天使さんなら羽で飛べるはず(イメージ)。 だったら、あれかい? 死神さんかい? とか何とか考えている間に、足音はすぐ間近にまで近付いていた。
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