「――――あっけないもんだなぁ」 仰向けで倒れたビルの声は、弱々しく震えていた。 刀を弾かれる事なんて、容易に予想し得た。しかしながら、そこに生じるであろう一瞬の隙を狙ったのは、俺にとっては賭けだったわけだ。もしもビルが、渾身の一撃(仮に一刀両断と名付けるとして)の他にも必殺かつ自信ある一撃を持っていたのならば、結果はまた違ったと思う。こうして立っているのがビルで、倒れているのが俺という図になってたろうね。 けれど、剣を交えてみたところでは、他の一撃があるとは考えられなかった。何より、接近して斬り合ってる中で一刀両断(仮)を放ったくらいだし、あんな、使い方間違えれば無防備極まる危なっかしい一撃、動体視力と反射神経と己が剣の腕に絶大な自信を持ってなきゃ、普通は使わんし。 結果、ビルは絶大な自信を持っていた。 そいでもって、それはまったくもって考慮内だった。 だからこそ、俺はわざと刀を弾かせた。 「死んでく感じって、こんななんだな。初めてだ」 「そりゃそーでしょ。不死身じゃないんだし」 「ひゃははっ、ちげーねー」 吐血するビルを見下ろすのは、たとえ嫌いなヤツとはいえ、いい気分じゃない。 「おまえの」 ビルの目は、天井を見上げたまま動かない。唇から頬へ、唾液交じりの血を伝わせながら、それでも唇は動く。 「おまえの、最後の一太刀……ありゃ、何だ?」 「ああ、居合い抜き?」 「何だそりゃ?」 「何、と聞かれると困るんだけど――速いんだ、一撃が」 我ながらわかりにくい説明だって思う。ビルは苦笑した。 「わかりにくいな」 「同感」 「そいつを撃つために、わざと弾かせたってか」 ありゃ、バレてる。 「体勢崩したと思ったのによ」 脇に抱えるように刀を構え、鞘から引き抜くように切る――居合い抜き。刀を弾かせたのは、一刀両断(仮)を誘うためと、自然に居合い抜きの構えにシフトするため、2つの意味があった。居合い抜きであればビルの刀よりも早く切れると、受け止めた時に感じたのだよ。 「――じゃ、ビル。俺、そろそろ帰るわ」 仰臥するビルに背を向ける。足元に転がっているビルの刀を一瞥。 「冷てぇヤツだな。今際の際まではいてくれねーのか」 「その必要がないから」 脱ぎ捨てたコートを拾い上げ、袖を通す。 「だって、ビル。致命傷じゃないから」 「……………………」 「……………………」 「……………………は?」 案の定、ビルは目を見開いて俺を見た。 「血ィ吐いてんのにか?」 「さすがに、そのままい続ければ死ぬよ。部下を呼んで、手当てすれば命は助かる」 「血ィ吐いてんのにか?」 しつこいヤツだ。めんどくさいと感じながらも、歩を進めながら律儀に答えてやる。 「血ィ吐いたって、それでも生きてる人はごまんといるよ」 ギッ――ドアを開いた。外から冷風と雪が吹き込んで、あまりの寒さに身震いする。 「友人のよしみだ、命だけは勘弁してやろうって事」 「ひゃはっ」 ビルは吹き出した。 「いらねー事しやがる」 「手当てしないでそのまま寝てたら、ほんとに死ぬからね」 「どうしてだ」 勇を鼓して外に出ようとした時に、ビルの責め口調。嘆息しながら振り返る俺。 「単なる殺し屋じゃないんだよ、俺は」 「何だよ、そりゃ」 「さあね。けど、そーゆ事。せいぜい生き永らえなさーい」 今度こそ、雪の舞う白銀の世界へ飛び出した。
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