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Two DOGs and The DOG 作者:ナコソ

第1回   プロローグ

 一面、
 純白世界。
 積もった雪に足をとられ、
 何度も躓きそうになりながら走った。
 2人分の荒い息遣い。。煌々と照る太陽。
 やがて辿り着いた陸の頂上。
 見るも無惨で、造り物のように滑稽で、それでも現実だった。
 木の葉を1枚残さず落とした巨木の幹に、四肢が磔にされていた。
 頭、胴体、腕、脚――計6個に刻まれた、オヤジだったもの。
 太く頑丈なクギで、打ち付けられた肢体。
 全く奇抜が過ぎて、恐怖すら忘れた死体。
「オヤジが殺されるなんて……」
 となりで呆然と、そいつは言葉を失くした。
「オヤジほどの人が殺されるなんて」
 怒りで震えるそいつの声、拳。
 オヤジの流した血が、幹に乾いてこびり付いている。
 赤黒く、変色して。
 ただ。ただただ白いだけの世界。
 赤かったであろう血は黒く。
 オヤジの顔は青白く。
 その唇は紫で。
 俺は、
 俺は。
 叫んだ。





☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




過去は産物であり、付加物であり、軌跡であり、遺跡である。
俺は時の流れの中に生きてるのだから、生きてる以上、時は進むのであって、すべては過去に流される。
創りたくて造るんじゃない。作りたくなくたって創られる。
過去を足跡だと比喩したところで、見てくれる人がいなければ風化し霧消するもんだ。
当人である俺ですら滅多な事では振り返らないんだから。
産物、付加物、軌跡。けど、遺跡。
発掘志望者、どーんと求む。
いや、うそ。うそうそ。
知ってる人が知ってればそれだけで十分。
見てた人が見てたってだけで、それで十二分。
「――てなわけなんです。まったく聞いてないでしょ、キアさん?」
 顎を撫でていた手を止めると、細めていた猫の目が丸く開いた。全身灰色、毛並み美しい猫。
「んーっと」
 しばし見つめ合うかとも思ったけど、猫はすぐに目を逸らした。
「猫って、睨めっこが苦手だよねー」
「負けたくないからじゃないですか?」
「なるほどー。負けないためには勝負しなきゃいーって理屈か」
「ポーカーフェイスが猫のポリシーですから」
「喜怒哀楽が激しい猫ってのも、それはそれで好きだけど」
「爆笑してる猫なんて見たくないです」
「感動に目を潤ませてる猫は?」
「…………いいかも」
「でしょ?」
「そんな話じゃなくてっ!」
 大声に猫がビクついた。見上げるこいつに倣って俺も左に視線を上げる。
「急に大声出さないでよ。おかげで心臓バックバクだよ。心臓って一定の拍動で止まるの知ってる? ドキドキさせればそんだけ寿命縮むんだから。今野でどんくらい縮んだかな――1分半くらい?」
「大した事ぁないです」
「1分半あれば、カップラーメンだってできるじゃないか」
「固めんじゃないですか」
「じゃ、カップスパ」
「固めんじゃないですか」
 まったく、取り付く島もない。困ったちゃんだ。
「あ」
 猫がきびすを返して(どこがきびすなのかはさておいて)タタタッと走り去る。その後ろ姿を名残惜しく見ていた俺は、
「オスかー」
「どこ見てんですか」
 半目で見下ろす困ったちゃん。仕方なく、俺は屈んでいた体勢から立ち上がった。腕を組み、右足に重心を置く困ったちゃんは、おまけに小首を傾げて俺を見上げた。立ってみれば、この子がさほど長身じゃないとすぐにわかる。
「んー、で」
 腰に手を当て、身を反らす。背骨のペキペキなる感触が小気味良い。
「何の話だっけ」
「やーっぱ、聞いてなかったんですね」
「聞く気あるよー。猫がじゃれ付いて来たもんだからさ。あと、長ったらしそーだったから」
「聞く気ゼロじゃないですか」
 にべもなく言い伏す困ったちゃんを、やれやれと見下ろす。
「んで、困ったちゃん」
「誰ですか、それ」
「何の話だったか、も1回聞かして」
「困ったちゃんって誰ですか」
「食い付くねー」
 あははー。
 笑ってみても、困ったちゃんは憮然とした表情。
「さっき自己紹介したばかりですよ。私はサヤ=ハトリベって名前だって」
「変わった名前だねー」
「さっきも同じ反応でした」
「そのサヤちゃんが、何の用で俺に?」
「『しかも、こんな夜中に?』――それも同じです」
 只今、午前3時。街の広場は噴水も止まっていて、街頭だけが頼りなく夜闇に灯っていた。さらに言えば粉雪すら舞っていて、朝には本格的に振り出す模様(天気予報情報)。周囲には人気なんて皆無――そりゃそうだ、こんな寒空の下、散歩しようなんてバカはいない。
 そんで俺は、そのバカ。
「直接お宅を訪問するつもりだったんですけどね。こんなとこで会えるなんて、幸運ですよ」
「俺んち、知ってんの?」
「知ってます」
「俺んちまで来て、何するつもり?」
「夜這いです」
「へー」
「突っ込んでください」
 ボケたらしい。
「聖フィルデナント教会は知ってます?」
 淡々と話を進めるサヤちゃんに、あー、と頷いてみせる。
「名前だけなら」
「その使いなんです、私」
 そういうと、サヤちゃんはにっこり笑った。ぶすっとしてるより、はるかにいい顔だった。
「んー?」
「何ですか?」
「聖フィルデナント教会が、どうして俺に使いなんて?」
「ですからー」
 またぶすっとする。露骨なため息まで添えて。
「オーナーが、キアさんに会いたいんですって」
「仕事の話かな」
「違うみたいですよ」
 独り言のつもりが、サヤちゃんはしっかり応えてくれた。
「じゃ、何?」
「そんなん知りません」
 淡白も、こうまで度を越してくれると、もはや爽快だった。
「とりあえず、教会までご足労願えません?」
「えー、やだー」
 サヤちゃんの血管が切れる音が聞こえる――というのはウソだけど、俺の言葉にプチッときたらしいのは本当で、細い吊り眉がヒクついた。
「私の事、なめてます?」
「いや、いやいや、そんなんじゃなくてね。今、この時間にご足労願われるのがめんどい」
「それは困りますね」
 うつむいて、サヤちゃんの表情が前髪で見えなくなる。
 お。空気が変わったよ。
「じゃ――力づくでお願いする事になりますが」
 声のトーンが低くなる。前髪の隙間から覗く左目が殺気を放つ。
「じゃ――力づくでも拒否する事にしましょー」
 にこやかに応え――サヤちゃんの足が動いた。
「――おっ」
 蹴り上げられた右足を身を引いてかわす。空を裂く音、眼前の粉雪が重力を失う刹那、目前の踵が迫って来る。
「わおっ」
 さらに身を引く。だんっ――地面に叩き付ける足。当たってたら相当痛そー。
 一度蹴り上げた足を、重心を前に移しつつの踵落としに移行する――いやはや、何とも器用なサヤちゃんだ。
「よけないでくださいよ」
 と、右足を軸にした左蹴り。
「そーんな事言われてもねー」
 さらにさらに身を引きながら、間一髪でかわす。
「当たったら痛いでしょ、それ」
 コートのポケットから抜いた左手で、サヤちゃんの長い足を指す。
「俺は女の子に痛めつけられても嬉しくないの」
 頭の隅に、1人の女の顔が浮かぶ――あの時は痛かったな〜。
「だったら、大人しく教会まで来てください」
「えー」
「続けます」
 地を蹴り、サヤちゃんは一気に距離を詰めた。突き出す掌底を払うや、彼女の重心が沈む。
 やば。
 とっさに腹をかばった瞬間、衝撃――!
「っ!」
 吹き飛んだ俺は背中から無様に転がった。宙に舞うサヤちゃんが見えて、その落下地点は――俺。
「ぃよっと」
 頭の横についた手を支点にし、後ろ周りの要領で、膝を畳んだ身を腕力だけで弾き飛ばす――後ろ周り跳び。
 どんっ!
 サヤちゃん……俺が倒れたままだったら男として不能になってたよ。
「さっきから、どうして手を出さないんですか?」
 着地体勢からすっくと立ち上がり、サヤちゃんが睨み付ける。新体操選手よろしく10点満点の着地ポーズの俺は、挙げていた両手を下ろしつつ、
「だって、女の子を痛めつけても嬉しくないの」
 と肩をすくめた。
「それに、素手で、ってのも慣れてないんだよ。さっきの当て身だって、防ぐのでいっぱいいっぱい」
 しかもとっさの防御だったもんだから、まだ腕が痺れてたり。
「奇遇ですね。私も素手は苦手なんです」
 ウソつけ、サヤちゃん。
「そろそろ背中にあるものを出したっていい頃ですよ、キアさん」
 不敵な笑顔が妙に良く似合う。粉雪も相まって、幻想的にすら映る。
「知ってるんだ?」
「キアさんほどの人が、丸腰でうろついてるなんて考えられませんから」
 ほんと、不適スマイルが良く似合う。
「そっか。そかそか、うんうん」
「?」
 1人何度も頷いている俺に、サヤちゃんは不審いっぱいの顔。
「――んじゃ」
「おいおい」
 くるりと背を向けたところ、すかさず突っ込まれた。
「どこ行くんですか」
「逃げようと思って」
 首だけ振り向いて応える。サヤちゃんの目が大きく開いていた。
「はい?」
「俺、丸腰なの」
 言うが早いか、ダッシュした。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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