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「ここです」という名前の本屋さん 作者:麻野なぎ

第6回   第五夜
雨が降っていました。
雨の中をやってきた今夜のお客さんは、お店の中を何度か行き来すると、一度も立ち止まらずに出ていってしまいました。
お客さんが出ていってしまうまで、お店の人も何も言いませんでした。

「お客さん、すぐ出て行っちゃったね。一度も立ち止まらなかった」
「…………」

「足りないのよ」
「足りない?」
「そう。全然足りないわ」

ぼくは黙ってお店の人の話しを聞いていました。

今日来たお客さんね、私の好きなタイプの人じゃない。あ、嫌な人だとか、嫌いだとかじゃなくてね、今のところ特に好きなタイプの人じゃないって事。だから、
あの人が読みたい本がどんな本なのかって、わからない。違うか。感じられない。

たまにあるの。やっぱり雨の日とか、雪の日なんかにもね。そんなときに限って、「ここです」書店を見つけてくれて入ってきてくれるのに、何となく好きになれなくて、だから、どんな本も準備できない。

「本を増やすんですか?その……いつか」
「わからない。でも、自分でここに置きたくなる本じゃなければ置かないつもり。でも、ちょっと残念かなって、いっつも思うの。それだけ。気にしないでね」

その日は夜半まで雨が降り続いていました。

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