雨が降っていました。 雨の中をやってきた今夜のお客さんは、お店の中を何度か行き来すると、一度も立ち止まらずに出ていってしまいました。 お客さんが出ていってしまうまで、お店の人も何も言いませんでした。
「お客さん、すぐ出て行っちゃったね。一度も立ち止まらなかった」 「…………」
「足りないのよ」 「足りない?」 「そう。全然足りないわ」
ぼくは黙ってお店の人の話しを聞いていました。
今日来たお客さんね、私の好きなタイプの人じゃない。あ、嫌な人だとか、嫌いだとかじゃなくてね、今のところ特に好きなタイプの人じゃないって事。だから、 あの人が読みたい本がどんな本なのかって、わからない。違うか。感じられない。
たまにあるの。やっぱり雨の日とか、雪の日なんかにもね。そんなときに限って、「ここです」書店を見つけてくれて入ってきてくれるのに、何となく好きになれなくて、だから、どんな本も準備できない。
「本を増やすんですか?その……いつか」 「わからない。でも、自分でここに置きたくなる本じゃなければ置かないつもり。でも、ちょっと残念かなって、いっつも思うの。それだけ。気にしないでね」
その日は夜半まで雨が降り続いていました。
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