「電話かけてますよ」 「そうみたいね」
男の人が入ってきました。店内をひととおりぶらつくと、やっぱり、本棚の前で立ち止まってしまうのです。 昨日までのお客さんと同じです。男の人は、立ち止まるとしばらく本を眺めていました。違っていたのはそれからです。男の人は電話を取り出すといきなり電話をかけ始めたのです。
「でも……」 「どうしました?」 「話している様子はないですよ」 「そうね……もう気にしちゃいけないわ」
そう言うと、お店の人は紅茶をいれ始めました。本屋のレジで紅茶だなんて、ぼくはちょっと驚きましたけど、結局お相伴になって、天気の話だとか、この街の暮らし向きだとかを話していました。電話をかけている男の人は、ちょっと気になりましたけどね。
やがて、紅茶もおしまいの頃、ちょうど男の人は本を一冊抱えてレジまでやってきました。 「あの……お願いします」 「はい。贈り物ですね?」 「え、ま、まあそうです」 「うまく渡せるといいですね」 「え……。ええ、そうですね。うまく渡せたらいいな。でも、渡せなかったとしてもいいんです」 「そうですとも」 「ええ。一冊の本でも買う気になったんですから」 「とっておきのリボンを、おかけしましょう」 「ありがとうございます」
そういうと男の人は出てゆきました。 「どういうこと?」 「さあ。何があったのかしらね」 「あの人は何も話さなかったじゃない」 「何も話さなくたって、何かがおこる事って、そんなに珍しい事じゃないわ」
お店の人は、ご機嫌で、それ以上何を言っても取り合ってはくれませんでした。
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