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「ここです」という名前の本屋さん 作者:麻野なぎ

第5回   第四夜
「電話かけてますよ」
「そうみたいね」

男の人が入ってきました。店内をひととおりぶらつくと、やっぱり、本棚の前で立ち止まってしまうのです。
昨日までのお客さんと同じです。男の人は、立ち止まるとしばらく本を眺めていました。違っていたのはそれからです。男の人は電話を取り出すといきなり電話をかけ始めたのです。

「でも……」
「どうしました?」
「話している様子はないですよ」
「そうね……もう気にしちゃいけないわ」

そう言うと、お店の人は紅茶をいれ始めました。本屋のレジで紅茶だなんて、ぼくはちょっと驚きましたけど、結局お相伴になって、天気の話だとか、この街の暮らし向きだとかを話していました。電話をかけている男の人は、ちょっと気になりましたけどね。

やがて、紅茶もおしまいの頃、ちょうど男の人は本を一冊抱えてレジまでやってきました。
「あの……お願いします」
「はい。贈り物ですね?」
「え、ま、まあそうです」
「うまく渡せるといいですね」
「え……。ええ、そうですね。うまく渡せたらいいな。でも、渡せなかったとしてもいいんです」
「そうですとも」
「ええ。一冊の本でも買う気になったんですから」
「とっておきのリボンを、おかけしましょう」
「ありがとうございます」

そういうと男の人は出てゆきました。
「どういうこと?」
「さあ。何があったのかしらね」
「あの人は何も話さなかったじゃない」
「何も話さなくたって、何かがおこる事って、そんなに珍しい事じゃないわ」

お店の人は、ご機嫌で、それ以上何を言っても取り合ってはくれませんでした。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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