■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

「ここです」という名前の本屋さん 作者:麻野なぎ

第2回   第一夜

翌日の夜遅く、「ここです」書店に女の人がかけこんできました。

「すみません、『星の国の花束』ってありませんか?」
「申し訳ありません、ちょっとわかりかねるのですが……」
「これです、ここに載っている……」
女の人は、新聞の切り抜きを出すと、「今週の本」だとか、そんな記事を指さしているようでした。

「探してみないとあるかどうかは……」
「いい加減なお店ね」
「申し訳ありません」

それでもしかたなく女の人は、フロアをまわって探し始めたようです。「なんで、子供の本がこんなにあっちこっちにあるのよ」とか、ぶつぶつ言いながら。

ところが、しばらくすると、女の人は本棚の前で立ち止まってしまったのです。やっと見つかったのかな――そんな風に思ったのですが、ちょっと違うようです。
女の人は、1冊の本を手に取ると、なんだかじっと表紙を見ていました。そしてゆっくりと本を開くと、少し読んで。
結局、女の人は、三度繰り返して、三冊の本をレジまでもってきました。

「お願いします」
「ありがとうございます」
「あの、別々に包んでいただけますか?」
「贈り物ですか?」
「ええ。1冊は娘に。1冊はあの人に。そして、1冊は私に」

女の人は、入ってきたときとはうって変わってゆっくりと出てゆきました。

「ここはね、よそのお店とはちょっと違うの」
ぼくが不思議そうな顔をしていると、お店の人が声をかけてくれました。
「違うって?」
「ここはね、自分が本当に読みたい本を教えてくれるところなの。あ、ちょっと違うか。本当に読みたい本を思い出させてくれるところよ。そう、決して誰かが決めてくれた『今週の本』なんかを抱えて、本を探しに来るところじゃないわ」

← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections