呆然とするオレをよそに、清明はゆっくりオレの寝ている布団に歩み寄ってきた。
光を背中に浴びている彼女の影は布団に落ちており、近づくにつれてその影が大きくなっていく。
「…ぉ」
―と、話しかけようとしたオレの唇に、唐突に、フワッと清明の人差し指がのる。
あいかわらずの、美しい顔で、しかし、今日は心なしか不安げな顔で、オレの隣へ胡坐をかいて座った。
「…分かっている。今、説明してやるから、寝ていろ…。」
それから、オレの言葉の先を引き取るかのように、そう言った。
―何だか読まれているようで癪だが、ダルイのも事実。オレはとりあえず、布団に戻ることにした。
「…お前は昨夜、油大路で、気を失っておった。」
―少しの沈黙をおいて、ゆっくりと語りだす清明。
僅かに、ほんの少しだが、罪悪感を秘めているような響きが感じられるのは、きのせいだろうか。
「…すべて、私の失態だ。すまぬ。」
と、語りだして数秒たたぬ内に、突然畳に額をおしつける清明。
―意味がわからない。
「…いきなり謝られても、困るんですが。」
オレの切実な質問をどうとったのかは知らないが、グッと言葉につまり、涙さえ滲ませそうな顔を浮かべる清明。
しかし、オレの顔をチラと見た後、目をかすかにウルウルさせながら、さらに続きを語りだした。
―何だか、いじめているようで気分が悪い。
「…昨夜話した、油大路の「鬼」とは、やはり「鬼」だったのだ。」
押し出すように、オレの機嫌をうかがうかのように、一言吐いた清明。
脈絡が無く、飛躍した言葉だが、、
―なるほど。だいたい読めた。
清明は、オレの言葉を鵜呑みにしてしまい、油大路の「鬼」の探索を打ち切ってしまったコトを詫びているのだろう。
なぜなら結果的に、「一般人」であるオレが油大路で「鬼」に襲われたのだから。
それはわかった。
―しかし、「鬼」の存在を否定したのはオレであり、油大路を通ったのもオレだ。
つまり、清明の陰陽師と言う立場をを勘定に入れても、七割がたオレが悪い。
「…お前さぁ…」
「・・・・・・。」
布団の傍らで、正座をし、沈痛な面持ちでオレの話を聞こうとする清明。
―まるで叱られている子供だ。
「…ん?」
―そうだ。大事なコトを忘れていた。
「鬼はどうなってたんだ?オレが倒れていた時。」
「…うむ。それも、話さねばならぬ。」
―なぜか、このセリフが効果絶大だった。
あいかわらず、沈痛な面持ちは崩さないが、明らかに顔つきが興奮を帯びている。
―隠そうとしているらしいが、まるでバレバレだ。話したくてたまらないのを我慢しているような、妙にウズウズした感じ。
「…そっちから話してくれ。」
―とりあえず許可をおろす。これ以上、清明の「自意識過剰」に付き合ってられない。
「真、おぬしは、、凄いのだ。」
と、先ほどとはうって変わって、感嘆の声色になる清明。
そして、突然、寝ているオレの腹をバシバシと叩き始めた。
―心底嬉しそうに。なぜか、一瞬で元気になっている。
「…おぬし、鬼を切ったのだ。常人では見ることさえかなわぬ、「鬼」を。」
瞳をキラキラと輝かせ、オレの顔をジッと見続ける清明。
―それがそこまで、すごいコトなのだろうか。
「…わかっておらぬようだな。」
―つまりは、、おぬし、帝に、陰陽師として認められた、というコトだ。
「…は?」
それがいかに名誉なコトなのかは知らない。
それがいかに希少なコトなのかは知らない。
―が、オレにとってそれは、朗報でもなんでも無い。
ただ単に、面倒ごとが増えた、というだけだ。
―嬉しそうに経過を語りだす清明を差し置き、オレは鬼と対峙した時並みの疲労感を覚え、同時に、強烈な睡魔に襲われた。
ちなみに、この睡魔に逆らうつもりは、全く無い…。
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