―その瞬間、「鬼」は思いもかけず、突然速く動いた。
しかし、オレの足はすでに地を離れている。
―どんなに戦いなれていようと、空中で方向転換など出来るはずがない。
体全体の神経が泡立った。―死の直感。
「グォォオオォ!!」
地震でも起きたかのような地響きを思わせる、叫び声。
鬼は大きく吼え、気合をのせた斬撃を、ちょうど頂点まで飛び上がったオレに向けたのだ。
オレの瞳には、その動きはスローモーションに見えた。
迫り来る刃。それが我が身に触れた瞬間を予想する。
―その瞬間、絶望に打ち震えたオレの中で、何かが弾けた。
意識したわけでは無い。
それは言わば本能。
「っォォオ!!」
―オレは獣じみた雄たけびを気づかぬうちに上げていた。
戦いに明け暮れ、人を幾人も切ったオレの、本能。そう、「生存本能」だ。
―風を裂き、オレへと飛来する大刀に、己の刀を這わせる。
逆らわないように、反発しないように。
ギィンと、金属と金属が擦れる不快な音と共に、オレの体は地面へ無事の帰還を果たしていた。
―いなした。
防いだのでは無い。避けたのでも無い。いなした、のだ。
―一瞬の出来事。コンマ一秒の世界。
「鬼」が、驚いたような目で、こちらを見つめる。
―当然だ。
「…っ!!」
今度の雄たけびは、獣の類が上げるような、―先ほどオレが上げたモノとは違う。
息を吸い、そして吐く。
剣士だけでなく、武道を志す者達の、呼吸だ。
―先ほど危機を乗り越えたことで、オレの頭は闇夜を貫いて、青空のように冴え渡っていた。
鬼だろうと何だろうと関係無い。切って見せようじゃ無いか…。
「……!!」
「鬼」の丸太のような足に、オレの相棒が食い込む。
―そして切り裂いた。いや、切り倒した。
鬼が叫び声を上げたような気がするが、聞こえない。
―頬に飛び散った血など、関係ない。
必要なのは、足を切り落としたコトで、鬼の頭部が下がってきた、というコト。
「つぁ!!」
オレは一息に、そいつの眉間に刀を刺し込んだ…。
―想像以上の血飛沫。
鬼の広い眉間から、天を染めんばかりに、朱の液体が噴出していた。
比喩の表現では無く、まさしく「噴火」しているのだ…。
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