サラサラの黒髪を背で結い上げ、男物の着物を着こなす清明。
屋内の仕事が多いせいか、雪のような色白の肌。
そして、綺麗に重なっている、二重瞼。
誰かは、彼女の事を、「狐を親に持つ人間らしい。」と、まことしやかに語っている。
世間一般からすれば、それは陰陽師として生きる彼女を、皮肉めいた嘲りで表しているのだ、と考えるだろう。
―しかしオレは、その噂を知ったとき、嘲っているのでは無く、賛美しているように思った。
なぜなら、彼女の美貌は「人」とは思えず、野で気高く生きる「狐」のような、、
そんな「人外」の美しさを思わせる所があったからだ。
「…真、こんな噂を聞いたコトがあるか?」
―そこまで考えていたオレの思考は、突然清明に話しかけられたことによって、一時、中断される。
オレの視線に気づいたのか、焼いた秋刀魚を頬張っていた清明が、酒を飲んでいるオレに問いかけてきたのだ。
―見ると、柱に背をあずけた清明もすでにほろ酔い加減で、わずかに頬を朱に染めている。
こんな時の彼女は、普段あまり喋らない、というより厳密には、喋ってはいけないコトを、口にする事が多い。
―それは、都の裏事情であったり、宮中の色恋沙汰の話であったりするのだが、得てして、非常に面白いのだ。
それから彼女は、オレの注意が向いているのを確認した後、言葉をわずかにひそめ、恐怖を煽るような、ふざけた調子で語り始める。
―今日のお話は、どうやら、「怪談」らしい。
「油大路にな、出る、らしいのだ。」
「何が?」
「…「鬼」だよ。」
何だか、いやな予感がした。
「その鬼とはな、「刃物」を用いて、人を殺めるらしい。」
―予感が、確信に変わる。
「音も立てず、事の瞬間を、だれにも見せぬ。」
―あぁ、やはり。
「…して、昨夜も一人、やられたのだ。首から上を、スッパリと。」
―正確には、「心の臓を、一突きに」だ。
酒を含んだ「語り」は、人を饒舌にする。
―彼女も例に漏れず、宮中では絶対に見せないような笑顔と子供っぽい仕草を交え、一気に「噂」の概要を語った。
「…そっか。」
杯の中に残っていた酒を一気にあおり、吐き出す息と共に、相槌をうつ。
―恐ろしい事では、全く無い。何せ、オレの話なのだから…。
「何だ、怖く無いのか。面白く無いのぅ。」
唇をとがらせ、今一度、柱に背をあずける清明。
―おおかた、オレの帰り道と重なる油大路の話なら怖がるだろう、と思っていたに違いない。
「もしかして、、その「依頼」受けたのか?」
―「鬼」の話なら、それはほぼ完璧に、彼女への「依頼」として舞い込んだ話のはずだ。
「あぁ、受けたとも。都にはびこる鬼風情、敵では無い。」
握りこぶしをつくり、虚空へ突き出す清明。
―今宵は、いつもより、羽目が外れているらしい。
「無理だ。無理だよ清明。」
「ん?」
オレの言葉の真意を測れず、というより聴いていなかったのか、眉間に皺を寄せた顔を、こちらへ向けてきた。
「何でか、知りたいか?」
「うぅ?あ、あぁ。」
「…その鬼とは…。」
「その鬼とは…?」
オレが身をのりだすのにつられ、緊張した面持ちを作り、面を近づけてくる彼女。
―高位の、陰陽師であるがゆえに、その仕草が倍に可愛らしく感じる。
「オレのコトだからだ。」
二人の間に流れる、しばしの沈黙。
―真剣に見つめてくる、清明。そして、見つめ返すオレ。
「「・・・・・・・。」」
―先に崩れたのは、清明だった。
「…ぶっ…。」
夜も更けてきたというのに、都に響き渡る笑い声。
「そうか、おぬしか…。なら無理じゃのぅ。断らねばならぬのぅ…!!」
口をおさえ、尚も止まらずにケタケタと笑い続ける。そこまで可笑しいコトでは無いが。
というより、目の前にいるのは、れっきとした「暗殺者」なのだが。
しかし、そういうコトを、彼女は歯牙にもかけない。―初めて会ったときから、そうだった。
―そして、酒が入ると、どんなコトでも異常に面白く感じてしまうもの。
それからは下らない話に花を咲かせ、二人で無駄に盛り上がってしまった。
結局、オレが帰ったのは、丑三つ時を幾分、過ぎた後だった…。
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