手紙に記されていた通り、通いなれた油小路への道を歩む。
…かつて、オレが人を幾人も殺めた場所。
「仕事場」。「狩場」と呼んでいた頃もあったか。
寝る前に、時折、当時の事を思い出すと、どうしようもなくなる。
―何と、愚かだったのだろう。
人の命を奪うコトに、一寸の躊躇いも無かったあの頃。
「…おい。」
オレが過去の反芻をしながら夜道を歩いていると、突然背後から、声がかかった。
…驚くべきことだが、恐怖の対象にはなりえない。
聞きなれた、清明の声だったからだ。
「…何だ。酔いは十分では無かったか。」
「…馬鹿者。」
オレの言葉にひるむことなく、つい、とオレと肩を並べる清明。
そして、オレを睨みつけるかのような、厳しい表情を見せる。
「…何をするのかは知らんが、やめておけ。」
それから彼女は、しばらく思案するような表情を浮かべた後、決め付けるような強い口調で言い放った。
「…何を…」
「…貴様は今、以前の貴様では無い。」
口からでかかったオレの言葉に、重ねるように言葉をつむぐ彼女。
―そして、猛烈な勢いで吐き出される言葉の奔流。
「…優しい目だ。人間の目だ。薫を見るに値する、日を真っ直ぐに見つめられる目だ。 そのような男に刀は握れぬ。振り下ろせぬ。人は、切れぬ。」
「……。」
「…お前は今、何かに立ち向かおうとしているつもりだろう。だが、貴様は負ける気で家を出ている。」
「…負けるつもりは、無い。」
一呼吸置いたところを見計らい、答えを繰り出すオレ。
しかし、その答えを受けた彼女は、苦しそうに顔を歪ませると、さらに続けた。
「…なぜ勝つ者が、身辺を片付けていくのだ。」
―昼間、唐突に部屋の掃除がしたくなったコトを思い出す。
「…なぜ帰る者が、無言で出て行くのだ。」
「・・・・。」
「…なぜ人切りが、そのように辛そうな顔をするのだ…!」
そこまで言い放つと、突然、オレの顔を両手で包み込む清明。
…目をそらそうとするオレの瞳を、逃がさぬように固定しつつ、しっかりと見据えてくる。
「…私をおいていくな真。私は…」
―昨日までのお前が、たまらなく、好きだ。
「行くんじゃない。行ったらお前は、必ず、死ぬ。」
「・・・・。」
最後のほうは、涙と叫びが混じった感じで、ほとんど人の声として、聞こえなかった。
「…清明。」
しかし。
しかしだ。
「…オレは、償わねばならん。」
清明の体を引き剥がし、肩を抱く。
―今度は、こちらから清明の瞳を見つめてやる。
「…人を切る、というコトは、己に刃を向けるというコトだ。」
―決して避けてはならぬ刃。
「オレは、それを避けてまで、お前達と共に笑っているコトなど、できん。」
…清明の目の端に、涙が溜まり、そして零れた。
「…清明。」
「……。」
清明はオレからゆっくりと離れると、オレに背を向けた。
「…すまん。」
夜の闇に、それだけを吐き出す。
…オレは油小路へと、向かった。
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