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時代錯誤 作者:pu-pa

第33回   第四部 第六話
手紙に記されていた通り、通いなれた油小路への道を歩む。

…かつて、オレが人を幾人も殺めた場所。

「仕事場」。「狩場」と呼んでいた頃もあったか。

寝る前に、時折、当時の事を思い出すと、どうしようもなくなる。

―何と、愚かだったのだろう。

人の命を奪うコトに、一寸の躊躇いも無かったあの頃。

「…おい。」

オレが過去の反芻をしながら夜道を歩いていると、突然背後から、声がかかった。

…驚くべきことだが、恐怖の対象にはなりえない。

聞きなれた、清明の声だったからだ。

「…何だ。酔いは十分では無かったか。」

「…馬鹿者。」

オレの言葉にひるむことなく、つい、とオレと肩を並べる清明。

そして、オレを睨みつけるかのような、厳しい表情を見せる。

「…何をするのかは知らんが、やめておけ。」

それから彼女は、しばらく思案するような表情を浮かべた後、決め付けるような強い口調で言い放った。

「…何を…」

「…貴様は今、以前の貴様では無い。」

口からでかかったオレの言葉に、重ねるように言葉をつむぐ彼女。

―そして、猛烈な勢いで吐き出される言葉の奔流。

「…優しい目だ。人間の目だ。薫を見るに値する、日を真っ直ぐに見つめられる目だ。
 そのような男に刀は握れぬ。振り下ろせぬ。人は、切れぬ。」

「……。」

「…お前は今、何かに立ち向かおうとしているつもりだろう。だが、貴様は負ける気で家を出ている。」

「…負けるつもりは、無い。」

一呼吸置いたところを見計らい、答えを繰り出すオレ。

しかし、その答えを受けた彼女は、苦しそうに顔を歪ませると、さらに続けた。

「…なぜ勝つ者が、身辺を片付けていくのだ。」

―昼間、唐突に部屋の掃除がしたくなったコトを思い出す。

「…なぜ帰る者が、無言で出て行くのだ。」

「・・・・。」

「…なぜ人切りが、そのように辛そうな顔をするのだ…!」

そこまで言い放つと、突然、オレの顔を両手で包み込む清明。

…目をそらそうとするオレの瞳を、逃がさぬように固定しつつ、しっかりと見据えてくる。

「…私をおいていくな真。私は…」

―昨日までのお前が、たまらなく、好きだ。

「行くんじゃない。行ったらお前は、必ず、死ぬ。」

「・・・・。」

最後のほうは、涙と叫びが混じった感じで、ほとんど人の声として、聞こえなかった。

「…清明。」

しかし。

しかしだ。

「…オレは、償わねばならん。」

清明の体を引き剥がし、肩を抱く。

―今度は、こちらから清明の瞳を見つめてやる。

「…人を切る、というコトは、己に刃を向けるというコトだ。」

―決して避けてはならぬ刃。

「オレは、それを避けてまで、お前達と共に笑っているコトなど、できん。」

…清明の目の端に、涙が溜まり、そして零れた。

「…清明。」

「……。」

清明はオレからゆっくりと離れると、オレに背を向けた。

「…すまん。」

夜の闇に、それだけを吐き出す。

…オレは油小路へと、向かった。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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