―刀を、握り締める。
時刻は子の刻を、幾ばくかすぎた頃。
…約束の丑の刻までは、残り僅かだ。
傍らで眠る薫を起こさぬように、ゆっくりと布団を出る。
廊下に出て、冷たい床の上を、音も無く歩ききる。
今晩は清明も泊まっているが、気づかれる心配は無いはずだ。
―その為に、秘蔵の酒を空けたのだから、今頃グッスリなはずである。
角を曲がり庭へ降りる。
ここまで来れば、完璧に気づかれる心配は無い。
オレはココで初めて肺にたまっていた空気を吐き出し、夜の澄んだ空気と入れ替えた。
「……。」
「……!?」
突然目の前に現れた、蒼。
…なぜ、この男がこのような所にいるのか。
百虎は、目を見開いたオレの目の前に立ちながらも、全く動じず、それどころか一言も発する事無く、ただ、立っていた。
「…通せ。約束があるのだ。」
何も喋ろうとしない百虎に、オレは軽く苛立ちをこめて言い放った。
…すると、突然襟元を百虎に掴まれたのだ。
見上げると、いつもの金色の瞳がオレを見下ろしている。
…その瞳は、見覚えがあった。
初めてあった夜。
とんでもないコトを、尋ねてきたときの目だ。
…オレは悟った。
この男はまたも、オレに尋ねているのだ。
おそらく、すべてを知り尽くした上で。
「…行く。お前の力は、借りんよ。」
そんな彼に、たった一言答える。
…それで十分であり、それ以上必要ない。
百虎はオレの襟元から手を離すと、半歩横にずれ、道を空けてくれた。
珍しいコトだ。
「…馬鹿が…」
通りすがる瞬間、耳元に忍び込んできたその言葉は、、
―なぜか罵倒の言葉とは思えないほどに優しかった…。
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