―それに、最初に気づいたのは、ある日の夕食時だった。
「む?」
「…どうか、しましたか?」
「・・・・・。」
オレの声に、箸を止める薫。
不思議そうな顔つきで、オレの顔を覗き込んでくるのが、目の端に映った。
…百虎は、僅かに眉をひそめただけで、そのまま飯を食べ続けている。
「…今、天井から音がしなかったか?」
「ヤですよ。気持ち悪いです。」
ことり、と、何か軽いものが板に当たるような音が僅かだが聞こえた気がするのだ。
「鼠かな。」
「どっちにしろ、…ヤです。」
「・・・・・。」
決め付けるようにそういうと、再び箸を動かし始める薫。
その自信はどこからくるのだろうか。
というか、最近何だかワガママになってきているような気がする。
…まぁ、その薫の隣で、オレの話を一切無視して飯を喰らい続ける百虎は、論外だが。
「・・・・。」
結局、その日はそれだけで終わり、大して気にかけなかったコトもあり、すっかり忘れていた。
…その物音の正体に気づいたのは、それから数日たったある日のコトになる。
人が生活する上で、当然、物は減りゆく運命。…ゆえに定期的に買出しに出なければならぬ。
その日は丁度、薫と百虎が街に買出しに出かける日で、オレが家に一人になっている日だったのだ。
「・・・・・。」
そう、オレが縁側でいつものように緑茶を飲んでいたその瞬間だった。
…耳に、風を切る音が聞こえたのだ。
それは、前の職業ではたまに聞こえた、弓から矢が放たれた瞬間の音だった。
続いてオレのすぐ隣の柱へ、タンと小気味良い音が鳴る。
「・・・・・。」
柱から矢を引き抜く。
思ったとおり、その矢の中ほどには、白い紙切れが結ばれていた。
…今時、古風な真似をするものだ。
「・・・・・。」
紙を開き、中を見てみる。
…『今宵の丑の刻、油大路で待つ。』
達筆で書かれた、それだけの短い文章。
「・・・・・。」
しかしオレは、それだけの文章を見て、唐突に悪寒を覚えた。
…何だか、ただの字に、抑えようも無い憎悪が滲んでいる気がする。
第一、ただの用事ならば矢文などと、手の込んだ真似をするはずがないのだ。
目的は、あらかた予想がついた。
「・・・・・。」
紙を握りつぶし、傍らの屑篭へ投げ入れる。
…いつかは来るコトだったのだ。
今更、不安を感じるようなコトでもない。
だからオレは、もう一度縁側の座に戻り、座る事にした。
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