かろうじて、そこに羅生門という存在の証拠として残ったのは、、
―積み上げられた灰色の石段のみだった。
腕の中に清明を包みこみ、降り注ぐ瓦礫からかばう。
…清明はすでに、痛みによるものか、恐怖がもたらしたのかは不明だが、気を失ってしまっている。
「…っ。」
痛みを耐え、ゆっくりと振り返る。
―奴は瓦礫の頂点で、まるで何も起こらなかったかのように、こちらを見下ろしていた。
…いや、何かが違う。
真紅。
奴の髪は今、先ほどまでの、海のような蒼髪では無くなっていた。
…天を突かんばかりに逆立ち、空の青に反逆するかのような、真紅に変色していたのだ。
「……。」
―唐突に、理解した。
…自分がいかにあがこうと、絶対に立ち入れぬ、絶望的な境界線。
オレの目には、瓦礫の上に立つ「奴」は、この世のどんな者をも超越し、凌駕した、絶対なる、王に映っていた。
…そしてそれは、おそらく、事実だ。
「……。」
奴はゆっくりと瓦礫を降り、オレと清明の所へ歩み寄ってくる。
…最早、抵抗など考えさえもしなかった。
「……。」
目の前に立った奴は、再度、口の端を吊り上げ、ゆっくりと微笑んだ。
そして、ゆっくりと頭を下げ、オレの耳元へ唇を近づけてくる。
…そして。
「…我が名は百虎(ビャッコ)。」
…そして、唐突に名乗った。
名を名乗る。それだけのコト、と思うかもしれない。
しかし、名を名乗る、その行為の意味合い。
「…今宵から、貴様に従おう。覚悟しておけ。」
オレがその言葉の意味を、理解するのには、数刻の時間を要した。
…しかし、意味不明だ。
先ほどまで、オレと清明を、限界までいたぶっていた奴が、何を今更。
第一、奴に得が無い。
「…何を…。」
―この男が、オレの式神に、なるというのか。
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