「…真。」
「…んぁ?」
暗い中、片手に松明を持って梯子を上がるのは、それなりに面倒くさい。
何せこの梯子ときたら、所々が腐っており、一歩一歩に気を配らなければならないのだ。
…だからオレは、上から降ってきた清明の声に、少し荒っぽく答えてしまった。
「…「んぁ」じゃない。返事はハイ、だ。」
その途端、清明の説教が始まる。
…何も梯子を上がりながらするコトもないだろうに。
「…うぃ。」
「この・・・!」
―陰陽師として、清明の部下となったオレ。
それが決定してからというもの、清明のオレに対する態度は、変わりつつあった。
勿論、表面にハッキリと現れるものでは無く、行動の節々にだ。
―まぁ確かに今のオレの陰陽師としての力量は、清明からすれば、稚拙なモノに映るだろう。
ゆえに清明の変化は、仕方ないコト、とも言える。
何せ清明は、都どころか、日の本一の陰陽師。
…天候を操り、昼夜を逆転させるほどの実力者なのだ。
「…真、この上には、鬼の気配が確かにある。」
清明が冷静な声で、空中でオレに指示を下す。
―オレが気づきもしない“気配”とやらに、清明は気づいているようだ。
さすが、と言った所か。
「……っ。」
オレが空中で待機する間に、清明が梯子を一気に上がりきった。
体重の軽い清明は、オレのような不安を感じないで上れるらしい。
…そして、オレは、清明の足が楼閣内部へ消えるのを見届けて、指示通り、松明の火を下に投げ落とす。
「……。」
そしてオレも、楼閣の中へ一気に飛び込んだ。
…気配を消すのは、朝飯前だ。何せ前職で必須だったのだから。
「……。」
暗闇に浮かぶ、清明の白目と瞳を合わせ、ゆっくりと前進する。
…この分なら、鬼に気づかれずに接近し、そして、一撃で葬れるかもしれない。
そうすればまた、今宵も酒が飲めるな―。
オレは家でおそらく、夕食を作って待っているであろう薫に、思いを馳せた。
その時。
唐突に、前方から、重いものが地面に接触する音が鳴った。
―反射的に視線を上げると、清明が尻餅をついている。
「……?!」
何とも珍しい。清明が失敗するとは。
オレは鬼の動向を量りかねながらも、ゆっくりと清明に歩み寄った。
―気づかれていても、清明がいるから大丈夫、と思う気持ちがあったのかもしれない。
「…ぅあ…。」
赤子のような声。
…何と、清明のものだ。
肩を掴んでみると、なぜか、汗でビッショリ濡れている。
知っている。
この汗は、冷や汗だ。
「……。」
ゆっくりと視線を前へ向けてみる。
・・・・・。
確かに、いた。
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