…桶に水を汲み、顔を浸す。
顔面に付着していた返り血がゆっくりと水に溶け、朱に染まっていく。
…今更、罪悪感など、芽生えるはずも無い。
水をすって重くなった前髪をかきあげながら、オレはボンヤリとそう考えた。
―依頼であろうと無かろうと、人を切る事実は同じ。
そう割り切っていたはずなのに。…自分の心はそこまで強靭では無かったらしく。
「…かっこ悪いなぁ…オレ。」
朝の清らかな空気の中に、自嘲の言葉を垂れ流してしまう。
貴族だの何だのを憎んでいるはずなのに。
…結局は、奴らと同類、いやそれ以上の最悪の男だったのだ。オレは。
奴を切るとき、確かな快楽を覚えていた。
長い間、人を切り続けていたオレの心は平常を保っているようでいて、危険な綱渡りをしていたのだ。
「・・・・。」
正義であるわけでも無いし、ましてや殺人に正当性などあるはずもなく。
―しかし、後悔をするつもりは全く無い。無い、のだ。
腰の刀を抜き払い、着物の胸元をはだける。
…そして、そこに一本、新たな傷口を加えた。
―けじめ、だ。
永久に忘れるコトが無いように、文字通り、胸にしまう。
これで胸の傷は三本。
心がどうしようもなく揺らいだときは、それらすべてを、ここへ収める。
―そして次の瞬間から、オレは「今まで通り」を取り戻すのだ。
…今まで通り微笑み、挨拶を交じわし、酒を飲む。勿論、清明でさえも、オレのこの癖は知らない。
それで、良いのだ。
―この胸の傷は、オレの弱さの証。
己の行動に、責任をとれぬ弱さ。己が身を守るための、弱さ。そして、己が快楽への、弱さ。
オレは、そこらへんの一般人より、遥かに弱く、脆い、というコトを自分自身で知っている。
「……。」
「…あの、、朝ごはんを…。。」
いつの間にか、縁側に現れた薫。
…まだ表情には固さが残るが、それでも無理して笑ってくれている。
この弱い、オレに。
「…あぁ、今いただくよ。」
そんな彼にオレは微笑む。いつもの笑顔で。
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