■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

時代錯誤 作者:pu-pa

第19回   第二部 エピローグ
…桶に水を汲み、顔を浸す。

顔面に付着していた返り血がゆっくりと水に溶け、朱に染まっていく。

…今更、罪悪感など、芽生えるはずも無い。

水をすって重くなった前髪をかきあげながら、オレはボンヤリとそう考えた。

―依頼であろうと無かろうと、人を切る事実は同じ。

そう割り切っていたはずなのに。…自分の心はそこまで強靭では無かったらしく。

「…かっこ悪いなぁ…オレ。」

朝の清らかな空気の中に、自嘲の言葉を垂れ流してしまう。

貴族だの何だのを憎んでいるはずなのに。

…結局は、奴らと同類、いやそれ以上の最悪の男だったのだ。オレは。

奴を切るとき、確かな快楽を覚えていた。

長い間、人を切り続けていたオレの心は平常を保っているようでいて、危険な綱渡りをしていたのだ。

「・・・・。」

正義であるわけでも無いし、ましてや殺人に正当性などあるはずもなく。

―しかし、後悔をするつもりは全く無い。無い、のだ。

腰の刀を抜き払い、着物の胸元をはだける。

…そして、そこに一本、新たな傷口を加えた。

―けじめ、だ。

永久に忘れるコトが無いように、文字通り、胸にしまう。

これで胸の傷は三本。

心がどうしようもなく揺らいだときは、それらすべてを、ここへ収める。

―そして次の瞬間から、オレは「今まで通り」を取り戻すのだ。

…今まで通り微笑み、挨拶を交じわし、酒を飲む。勿論、清明でさえも、オレのこの癖は知らない。

それで、良いのだ。

―この胸の傷は、オレの弱さの証。

己の行動に、責任をとれぬ弱さ。己が身を守るための、弱さ。そして、己が快楽への、弱さ。

オレは、そこらへんの一般人より、遥かに弱く、脆い、というコトを自分自身で知っている。

「……。」

「…あの、、朝ごはんを…。。」

いつの間にか、縁側に現れた薫。

…まだ表情には固さが残るが、それでも無理して笑ってくれている。

この弱い、オレに。

「…あぁ、今いただくよ。」

そんな彼にオレは微笑む。いつもの笑顔で。

← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections