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時代錯誤 作者:pu-pa

第17回   第二部 第六話
大内裏の外。

一般の町人達の粗末な家に囲まれ、その家はあった。

…時代の波にもまれ、生き残れなかった奴ら。

―俗に言う、没落貴族、といった所だ。

奴らは最初から貧しかった一般人などに比べ、宮を恨む気持ちが格段に高い。

それはほとんど憎悪に近いモノで、それがしばしば物騒な事件へ発展するのだ。

ゆえに、今ココで殺っておかねばならぬ。

…ココで禍根を残しては、性根の腐った奴の所業、どんな手を使ってでも薫を奪おうとするだろう。

どうせ、生きている価値など無い奴らだ。

…躊躇いは全く無いし、他の方法を探してやるほど、お人好しでもない。

薫だけでは無い、他の子供誰一人を天秤にかけても、この家の持ち主の方へは傾かないだろう。

―それほどに、全く救いようの無いほどの愚かな奴らだと、オレは思うのだ。

いつまでも過去の栄光にすがりつき、現実を見ようとしない。

―あの子が、この屋敷に買われる前に阻止できて、本当に良かった。

おそらく、育てるつもりで買い取ったわけではあるまい。

…宮の中の殿上人、その中の何割かを占める、天下の藤原の末裔。

しかも美しい外見をしているのだ。

何をしようと思ったかは、やるせないほどに想像がつく。

日が暮れない内に、遂行せねばなるまい。

―断っておくが、私情で剣を振るうのは初めてだ。

オレは裏口の勝手戸を押し開き、屋敷の中へ入った。

…まだ、手伝いが残っているのかもしれない。

そう思うほど、屋敷の中は、驚くほどに手入れが行き届いていた。

―音を消し、「気」を消す。

慣れている。容易い。

ついでに言えば、元、とはいえ貴族。

切り慣れているのだ、奴らの肉は。

鼻腔の奥からすっかり失せてしまった血の匂い。

…廃業してからは、ほとんど人の肉を切っていないのだ。そう言えば。

切りたい。

唐突に思って、自分で絶句した。

…切りたい、と。

薫を救う、という名目で侵入したはずだ。

それなのに。

心が欲する、純粋な最初の感情は、「助けたい」では無く、「切りたい」なのか。

…恐ろしく思った。「自分」を。

仕事を遂行している時には浮かびもしなかった邪念が、胸中を占める。

混乱した。最初に仕事を遂行した日のように。

それでもオレは、自律が効かず、唯一明かりが灯っている部屋の襖を、開け放っていた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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