大内裏の外。
一般の町人達の粗末な家に囲まれ、その家はあった。
…時代の波にもまれ、生き残れなかった奴ら。
―俗に言う、没落貴族、といった所だ。
奴らは最初から貧しかった一般人などに比べ、宮を恨む気持ちが格段に高い。
それはほとんど憎悪に近いモノで、それがしばしば物騒な事件へ発展するのだ。
ゆえに、今ココで殺っておかねばならぬ。
…ココで禍根を残しては、性根の腐った奴の所業、どんな手を使ってでも薫を奪おうとするだろう。
どうせ、生きている価値など無い奴らだ。
…躊躇いは全く無いし、他の方法を探してやるほど、お人好しでもない。
薫だけでは無い、他の子供誰一人を天秤にかけても、この家の持ち主の方へは傾かないだろう。
―それほどに、全く救いようの無いほどの愚かな奴らだと、オレは思うのだ。
いつまでも過去の栄光にすがりつき、現実を見ようとしない。
―あの子が、この屋敷に買われる前に阻止できて、本当に良かった。
おそらく、育てるつもりで買い取ったわけではあるまい。
…宮の中の殿上人、その中の何割かを占める、天下の藤原の末裔。
しかも美しい外見をしているのだ。
何をしようと思ったかは、やるせないほどに想像がつく。
日が暮れない内に、遂行せねばなるまい。
―断っておくが、私情で剣を振るうのは初めてだ。
オレは裏口の勝手戸を押し開き、屋敷の中へ入った。
…まだ、手伝いが残っているのかもしれない。
そう思うほど、屋敷の中は、驚くほどに手入れが行き届いていた。
―音を消し、「気」を消す。
慣れている。容易い。
ついでに言えば、元、とはいえ貴族。
切り慣れているのだ、奴らの肉は。
鼻腔の奥からすっかり失せてしまった血の匂い。
…廃業してからは、ほとんど人の肉を切っていないのだ。そう言えば。
切りたい。
唐突に思って、自分で絶句した。
…切りたい、と。
薫を救う、という名目で侵入したはずだ。
それなのに。
心が欲する、純粋な最初の感情は、「助けたい」では無く、「切りたい」なのか。
…恐ろしく思った。「自分」を。
仕事を遂行している時には浮かびもしなかった邪念が、胸中を占める。
混乱した。最初に仕事を遂行した日のように。
それでもオレは、自律が効かず、唯一明かりが灯っている部屋の襖を、開け放っていた。
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