―夕日が沈み、うっすらと闇がたちこめる。
オレはその薄暗さの中を、先ほどの子供と共に歩いていた。
…見れば見るほど、美しい子供だ。
どうしようも無く保護欲をかきたてるような仕草。
眉にかかる程度までのばされた前髪。
今にも泣きそうな所をなだめながら聞いて、やっと名を名乗らせた。
―藤原薫と、いうらしい。
驚いたものだ。
まさか、藤原氏の末裔が身を売ることになっているとは。
まさに盛者必衰。
栄華を極める藤原氏も、伸びすぎた枝の先端までは、面倒を見切れてないらしい。
…しかし、当面の問題は。
「…お前さ、どうする?」
雑踏の中、はぐれぬように手をつなぎながら、足元の薫に問いかける。
…一応、オレの家に招いても良い。しかし、本人の意思が最も肝心だと思う。
まぁ、こんな幼い子供に問いかけるには、かなり酷な質問だというのは、重々承知のうえだが。
「はい…。」
…消え入りそうな声と共に、また泣きそうな顔になり、瞳が潤みだす。
勘弁して欲しい。まるで苛めているみたいでは無いか…。
誰かさんのようだ、とオレは内心で一人ごちた。
「…ん〜。」
オレの思案するような気配を感じ取ったのか、躊躇いがちにオレを見上げる薫。
―媚びるような感じはいっさいないが、瞳が懇願するような光を帯びているように、感じた。
これは何とも、…扱いづらいことこの上ない。
「…とりあえず、オレの家に来てみるか。」
「……。」
オレの言葉が引き金となったのか。
薫は、唐突に、つないでないほうの手を目頭にあて、しゃくりあげ始めた。
―返答は聞けないが、これを返事とみていいだろう。
オレはため息を一つだけついて、闇夜の中を、家の方向へと歩を進めた―。
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―何をしているのだろう。オレは、思った。
襖の間から、細い月明かりが部屋に差し込んでいる。
まだ何も無い、引越ししたての部屋の中心には、宮から支給された、高級布団。
―その中でオレは今、横になっている。それは確かだ。
そして、その行動・体制が意味する、本来の目的は、、休息。…であるべきだと思う。
しかし。
オレは今、休息が出来ていない。いや、出来ない状態にあった。
支給された布団は、オレが橋の下の家で使用していたものに比べると、格段に広い。
足を伸ばしきってもまだ余裕があるぐらいだし、横幅だって十分。
だが、この布団で二人寝るには狭すぎるのだ。たとえ、子供とはいえ。
―そう。今、オレの隣には、スヤスヤと可愛い寝息を立てるもう一人、がいる。
藤原薫。
酒場で助けてから、ほとんど流れとノリで、保護するコトになってしまった。
―身寄りも無く、あても無い。なおかつ、正直言って、女子と見紛うほどの、美貌。
そんな子供が感情を押し隠して、ウルウルと潤んだ瞳を向けてきたら、、
…オレじゃなくても、保護欲が理性を吹っ飛ばすはずだ。
「・・・・。」
目の端には、まだ涙が乾いたあとが残っており、布団の中の小さな両手は、オレの着物の裾を握り締めている。
―別の布団を敷いてやったら、無言のまま、何とも悲しそうな、寂しそうな瞳をしたのだ。
毛布を丸めたのを抱きしめ、隣の布団へ潜り込むオレを、何か物言いたげな目で見つめて。
…もしや、と思い、オレの毛布を軽く上げ、隣を空けてやると…案の定、躊躇いがちにだが、布団に入ってきた。
その時の、嬉しそうな顔と来たら。何とも、扱いに困るものだった。
―が、一抹の幸せをかみ締めている場合ではない。
…このまま済むわけが無いのだ。
おそらく、酒場でこの子を売りさばいていた奴らはおそらく下っ端だろう。
買い手側の男の身なりの良さといい、おそらく、貴族が一枚噛んでいる。
―吐き気がする。どこまで堕ちれば気が済むのだ。
そう。
オレが夢の世界に片足を浸し始めた頃、そいつらは、やってきた。
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