「…うむ、かなり上物だな。ここまで美しい子、滅多にいねぇ。」
買い手の、比較的裕福そうな男が、怯えきっている子供の顔を、卑しい顔で見ていた。
―驚いて顔をそらそうとするその子の頬を包み、無理やり瞳を覗き込んでいる。
意地の悪いニヤニヤ笑いを顔に貼り付け、ほとんど泣き出しそうな子を押さえつけて。
…やはり、捨てておけぬか。自分の甘さにうんざりする。
机の上に飲み残してあった酒の瓶を引っつかみ、直にすべて喉に流し込んでおいた。
―何もここで騒ぎをおこさずとも良いが、こういう手合いが一番嫌がるのは「恥」だ。
奴らは、「同業者」に「弱いところ」を見られると、なめられてしまう。 そして、なめられてしまうと、足元を見られて、結局は取り分の金が減る。 そうすれば、悪さをするにも資金が無くて、手詰まりとなるはずだ。
―まぁさすがに、そこまでトントン拍子に上手くいくとは思ってないが…。
…と、無駄な考えに頭を傾けている間に、男達の間で話が進んでいるらしい。
他の荒くれ共の視線を感じながら、オレは真っ直ぐ男達の所へ歩み寄った。
「…やぁ。何の話だ?」
その場の勢いに合わせて、金の相談をしている二組の集団の間に割り込み、双方の顔を交互に見てやる。
面食らったような、買い手の男の顔。そして、不機嫌そうに歪む、売り手の男の顔。
―足元で、子供が驚いたような視線を向けているのを感じる。
一瞬遅れて、店内の男達の好奇の目が、いっせいにオレに降り注いだ。
「うるせぇ黙ってろ。」
これだ。問答も何も無い。
最も、無駄に頭が切れるよりは遥かにやりやすいが。
「てめぇ、ドコの何者だ?」
「…正義の味方だ。」
この一言が、決定的だった。
売り手側の男達三人が、怒りでカッと顔を赤くし、抜刀したのだ。
用心棒の二人は、…動かない。
ふむ。
…酒場の親父が、迷惑そうに顔をしかめるのが見えた。
―どうやら、こういう騒動には慣れているらしい。
益々やりやすい。というより、後の処理が楽で済みそうだ。
「…うぉらぁ!!」
下品な雄たけびと共に、売り手の三人が一斉に切りかかってきた。
―剣術などといった類など全く感じない。まさに、素人が刃物を振り回しているだけだ。
一人目は軽く足をかけてやり、地面へ転がす。
残りの二人は、刀を握っている親指を、普段曲げる方向とは、逆の方向へ導いてやった。
―ほとんど止まって見えるほどの、怠慢な動きだ。容易い。
それだけで、売り手側の三人は、逃げていってしまった。
―良かったというか、面白くないと言うか。
しかし、お楽しみ、もとい、問題はココからだ。
三人の後姿を見送ったオレの背後で、用心棒と思わしき二人が、ゆっくりと抜刀したらしい。
オレが背後を向いている今の隙をついて、閃光のような袈裟切り。丁度、オレの背中を十字に薙ぐ形だ。
…ある程度目が慣れればわかる。
先ほどの男達は、言うなれば「剣」を振り、そして、この男達は「刃」を振るっているのだ。
曖昧だが、大きな違いといえる。
「…っ…!!」
―一般人には決して使うな、と言われているが、仕方無い。
刀に気魂をこめ、振り向きざまに居合い抜きをしかけた。
同じ玉鋼の刀身同士がぶつかりあったように見えたのは、一瞬。
細く、長い余韻を残す音を立てて、用心棒二人の刀は、切り落とされた。
「砕いた」のでは無い。切り落とした。
…驚きで見開かれる用心棒共の顔。
そして、懐から匕首を覗かせていた男が、焦りとも恐怖ともつかぬ表情を浮かべ、急いでそれをしまうのを見届ける。
「…すまん!!」
最後にオレは店主の手の中に財布をまるごと投げ入れ、子供を抱えて酒場からかけ離れた…。
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