一日の仕事を終えた男達の大抵が、その日の日当を握り締めて酒場に寄る。
…それも、僅かな金で、清潔とはいえない杯に、安物の貧乏酒をあおるのだ。
―そして、そんな彼らの慎ましさの裏で、上質な杯や良質な酒は、なぜか働きもしない貴族共が手に入れる仕組み。
汗水たらし精魂込めて国を支えるのは、他ならぬ、貴族が卑下し続けている民衆達だというのに。
そして、それはオレだけが思っているだけは無い。おそらく、京に住む人々の共通の思いのはずだ。
…しかし、貴族共の腐敗ぶりは今に始まったコトでは無く。
今の貴族共からすれば、責められる意味も由縁も理解できぬだろう。
ゆえにオレは、口に出して責めることはしないが、どんなに金があっても、酒を飲むのは貧乏酒場で、と決めている。
―断っておくが、格好つけようとか言うのではない。単なる我儘だ。
…まぁ、長々と語ったわけだが、行きつけがある訳では…ない。
オレは、色々な出店が乱立する市の中を歩いて周り、、
たまたま目に入った小汚い酒場を選んで、とりあえず入ってみるコトにした。
酒場の壁際の隅。
背中と左側に壁があり、店内をザッと見回せる位置を選んで腰を下ろす。
「…濁酒を。」
注文をとりに来た男に言いつけ、再度、何となく店内を見回す。
―そしてオレは、とんでもない間違いに気がついた。
どうやらココは、労働者が仕事帰りに立ち寄るような目的の、酒場ではないらしいのだ。
見るからに人相の悪く、筋骨隆々な割に頭の悪そうな男達。
―だれもかれもが、犯罪に手を染めて稼いでいるような奴らだ。
…まぁ、オレの言えたコトでは無い。刀と暴力とで稼いでいるのはこちらも同様。
注意や嫌悪の眼差しを彼らに送る資格など、オレには無い。
…何にしろ、難癖つけられる前に、とっとと酒を飲んで立ち去るとしよう。
本当なら清明が午後の修練を諦めるまで時間をつぶす予定だったが、この際仕方あるまい。
―と。
オレが軽く自暴自棄な気分で、酒を一口、口に含んだ刹那。
むさくるしい男達の間に、小さな、美しい子供を見つけたのだ。
―直感した。売られようとしているのだ。
遠めでも怯えている雰囲気が伝わる。
細やかな睫毛が震えているのが見えるようだ。
―様子を見るに、「奉公」といった綺麗な物では無いだろう。
最近の京都では実にありがちで、珍しくも無い光景だ。…が。
―胸の中に苦い気持ちが広がっていく。
オレは、心の浮き具合に身をまかせて立ち上がり、その子供へ歩み寄った―。
―やはり、思ったとおりだ。
雰囲気の悪い酒場の中でも、ことさらに悪そうな顔つきの男数人。
おそらく、子供を囲んでいる三人が売り手、そして子供に目線を合わせて値踏みしているのが、買い手。
そして買い手の背後に、用心棒らしき男が二人。
合計六人。
内、用心棒の二人と、売り手の男全員が腰に刀を差している。
…さらに、買い手の男の懐に、おそらく、匕首。
―これだけ刃物がそろうと、たとえ相手が素人でも、面倒くさい。
第一、元々関係が無いし。…というより、まだ少ししか飲んでいない酒が惜しい。
…そこで、オレの決意は情けなくも萎えてしまい、机の上の濁酒を振り返り、席に戻ろうとした時だった。
―買い手の男が喋りだしたのは。
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