―引越し。何とも面倒臭い響きの言葉だ。しかし、仕方あるまい。
郊外の橋の下に構えていたほったて小屋を引き払い、荷物を移動する。
川の傍にあったので、夏場は涼しいし、冬場とて、火をたけばそんなに寒くない。
水はけもいいし、塵も…まぁ、多少の罪悪感を我慢して、川へ捨てれば、やがてドコかへ流れ行く。
―そして何より、都の災害や厄介ごとに巻き込まれる心配が無かった。
そんな便利な我が家だったので、正直残念な気持ちはある。
―だが、帝お抱えの陰陽師となったコトで、、宮の近くに住居を用意され、半強制的にそこへ住まわないといけなくなったのだ。
最も、移動する必要がある物と言えば、小さな箪笥だけだったが。
―そして、それさえも、宮から派遣された男達が勝手にオレの新居へ運び込んでしまった。
というわけで、オレは今、新居の広すぎる畳部屋に、一人で胡坐をかいている。
広い庭に、広い部屋に、多くの木々に、多くの間取り。
これだけの広さがあれば、部屋の中で剣の修行をするコトも可能に思える。
―だから貴族は剣術の道場へ赴くのではなく、師範を家に呼びつけるのか、と納得した。
…新しい発見を見つけた。賢くなったな。オレ。
が、それだけだ。
…正直、するコトが無い。
―狭い家に住んでいたときは一体、日がな一日何をして過ごしていたのか、と、自分のことながら疑問に思う。
そして、考え事をしていると、喉がかわく。
…というか、酒が飲みたい。
清明の家で陰陽道を修行している間は、「気魂を練るのに都合が悪い」という理由で、これまた強制的に禁酒を宣告されていたのだ。
「…ったく…みんなオレを縛りやがって…。」
何だか自分が情けない。大の男が、周囲の人々に流されているなど、良い傾向では無い。
…よし決めた。今日は酒を飲みに行く。そして、午後からの清明との修行もすっぽかす。
―子供のような反抗だ、というのは重々承知している。しかし、こうでもしないとやってられないのだ。
オレはとりあえず身支度をすませて、酒場へと向かうコトにした。
…しかしこれが、これから随分後になって、オレの自律の効かぬ欲望が、別の形であったことを知ったのだ。
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