―宮から出てくる、数々の牛車の中には、貴族がのっている。
眉の辺りに、ポツンとだけ黒を垂らした、よくわからん「雅」な顔つき。
そして、豪華絢爛な衣。
―庶民が着ている服とはワケが違う。
彼らが着ているのは、売るだけで庶民の家が何軒か建ってしまうような代物なのだ。
オレなどの手に届く品では無いのはもちろん、仕事の関係で幾度か目にしたことがある程度。
若い頃は猛烈に憧れた物だ。今考えれば、あれはむしろ、執念や執着に近かった。
だが、年を重ね、宮中の裏側について詳しくなるにつれ、いつしか貴族の衣は、憧れとは程遠い物になっていた。
―しかし。
若い頃に憧れた品、とは言うのは、望まなくなった頃に、突然手に入るものらしい。
オレは今、その「貴族の衣」に身を包み、まさに宮中へ入ろうとしていた。
―ひょんなコトから陰陽師の力を開花させてしまったオレ。そして、オレを帝へ紹介した清明。
話はオレの知らない所でトントン拍子に進み、いつしかオレは帝に謁見するコトになっていたのだ。
「…いいか真。絶対に失礼があってはならぬ。」
耳元で囁く清明。その囁き声でさえ鬱陶しい。
―暑すぎるのだ。この服は。
「…聞いているのか。ほら、障子が開く。」
一応おさらいをすると、、確か、帝が「顔を上げてよい」というまで、顔を上げてはいけないのだ。
何がそんなに偉いのかは知らないが…。
「…ぉい真…!」
「うっせーな。わかってるよ。」
オレは、口うるさく注意する傍らの清明へ、小声で叫ぶ。
―ったく、お前は母親かっての…。
「真。わかって、、ないぞ…?」
―そこで、清明の声が聞こえる位置が、異様に高いコトに気づく。
「……。」
うながされて、ゆっくりと顔を上げて見る。
―やはり。
清明はすでに顔を上げており、周囲の貴族共が、扇で口元を隠しつつ、失笑をもらしていた。
考え事をしていて、帝の小さな、「高貴」な声が聞こえなかったのだ。
―本気で、貴族の「雅さ」に腹が立った…。
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