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Mundane Dweller -fumble for...- 作者:風蘭・安積

第2回   The start in the voyage.
「こちらが貴方の部屋になります。まさかここで技術者を雇えるとは思っていなかったので、まだ散らかっていますが、今日中には綺麗にしておきます。ところで、お荷物は?」

当然の質問だと思ったのだが、何故か彼は戸惑ったような顔をした。
肩をすくめると背中を指しつつ答える。

「これだけです」

やはり、眼鏡―今時非常に珍しい―の奥の焦げ茶の瞳は戸惑いのようなものを見ることが出来る。

「ほとんど着の身着のままで来たんで」

不思議に思い彼を見つめると、まるで言い訳をするかのように視線を逸らし慌ててそう付け加えた。





彼の名はシャイク・アムダリア=ジャムシード。
若干18歳にして惑星ヘファイトスの最高学府ラグーア中央大学の博士号を5つ持つ最年少研究員だ。
そして、この船の新しいクルーでもある。


彼は突然現れ、雇ってくれと言ってきた。

このヘファイトスは軽い方だが子供の就労を禁じている星系も少なくない。
だから一度は断ろうとしたものの、彼の親族の了承を得た事から晴れてクルーとなった。
もっとも、今はまだ仮採用の段階だ。
長年勤めていた機関士長が持病の悪化と年齢もあって長期休暇を申請した為に出した求人だが、それ故にこの船が今欲しているのは即戦力であり、使えない人材ではない。
それが子供とあっては尚更の事だ。
しかも、ヘファイトス人にしては小柄な体格が尚更彼を年齢よりも年少に見せている。
だが、その表情は老成とは行かないまでも遠目に見た外見とは一転し、18歳と言う年齢にそぐわず大人びて見えた。

経歴から見ればその実力に何の問題もなさそうではある。

何はともあれ、彼は今クルーとなり、副長である私が艦橋にいる船長に代わって彼に船内を案内している。
部屋がまだ片付いていないのと、彼の荷物が非常に少ない事から彼はまだ荷物を持ったままだ。
見た感じも軽かったが、実際にも軽く、広い船内を見回っていてもさほど負担にもなっていないようだ。

「艦橋と船長室は分りますね?」

会話を挟みつつ通路を進んでいく。

「はい。船長室は最初に契約書を作成した場所ですよね」

中型とは言え、数百メートルはある船内は部屋から部屋の移動にも時間がかかる。
客船ではないのでムーヴィングウォークもなく、急ぎの時は皆走っている。

「ええ、そうです。そして艦橋はその隣です。では、とりあえず先ずは職場へご案内しますね。そして、最後に食堂にしましょう」

当座の問題は衣服のようだ。
まさか荷物を持ってきていなかったとは。
従業員用の備品が彼に合うと良いのだが。
そう考えているとシャイクが思い出したように呼びかけた。

「あ、ヘルマさん」

「なんでしょう?」

「あの、ポートにリュー……エアスクーターが」

「ああ、それならちゃんと出航前に格納庫へと収容しましたよ。先ほど格納庫へ行った時、気付きませんでしたか?」

そのことならば彼が船に乗り込むことが決まってすぐ、宙港の方へ連絡してあった。
幸い、特別問題もなかったので出航が遅れることはなかった。

「そうですか。なら、良かった」

どうやら船についてすぐの出航だったため、本気で心配していたようだ。

「貴方のエアスクーターはなんと言うのですか?」

「え?」

そんなに驚かすような質問をしたつもりはなかったのだが、彼にとっては驚くべきことだったようだ。
まるで意味が分らなかったかの様にきょとんとしている。

「先ほど、名前で呼ぼうとなさったでしょう?」

「ああ、リュークです。で、こいつはラーク」

と、ウェアコンのデバイスをさす。

「両方とも僕の自信作です」

と、嬉しそうに顔をほころばせた。
その表情には普段とは違う、年相応の子供らしさがあった。

「そうですか。初めまして、ラーク」

呼びかけるが返事はない。
所有者にしか反応しないのかと首を傾げていたらシャイクが答えた。

「あ、ラークには擬似人格は入れていないんです。基本的な自動応答だけで」

「そう、なんですか?」

最近では比較的珍しい部類だ。
無論、性能だけを求める者も多いが、大抵は擬似人格がついている方が実際に処理が早いことが多いからだ。

「ええ、そんなもの、あっても邪魔なだけですから」

その言葉にはどこか棘があるような気がしなくもなかったがとりあえずは気にしないことにした。
何か理由があるのかもしれないが、まだ彼と会ってから数時間しか経っていない。
彼のことは追々知って行けば良いことであり、今すぐ聞く必要はない。

「そうですか。でもこの船は違います。紹介が遅れましたね。とても美人なんですよ」

そう、微笑みながらヘルマはどこへともなく呼びかけた。

「ポーラ」

『何でしょう?ヘルマフロディーテ。実声で呼びかけるとは珍しいですね』

近場のスピーカーから声が聞こえてくる。
普段なら無声通信をするところだが、シャイクの前で実声の方が良いだろう。

「ポーラ、ホロを用意して」

『分りました』

声と共に丁度ヘルマと同じくらいの身長の女性のホロが現れる。
どの星系ともつかない無国籍風の長衣を纏った床まで届く長い銀髪の美しい女性だ。

「シャイク、この船の制御システムを司っているポーラです」

呆気に取られているシャイクにポーラを紹介する。

「ポーラ、彼はシャイク。メルクリウスの後任の予定。とりあえず、ティスローの次の目的地、トリフィス星系フェクナスまでは仮契約よ」

『ええ、知っています。先ほどラスから話がありましたから』

笑う姿もまるで本当の人間のようだ。

「どう、本当の人間のようでしょう?彼女はある人物の人格パターンをそのままトレースしてあるんです」

『初めまして、シャイク。この先の船旅、私の体を宜しくお願いしますね』

そういうとポーラはシャイクに右手を伸ばした。
だが、彼はそれを受けようとはしなかった。
ただ、それを見つめていた。

『あら?ごめんなさい。私ったら映像だって事、すっかり忘れていたわ。これじゃ、握手は出来ないものね』

握られる事のなかった手を口にあてがい、ころころと笑うとにっこりと魅力的な笑みを浮かべた。

「いえ。こちらこそ、宜しく。ポーラ」

同じように微笑んだシャイクの顔には、どこか作り物めいた感じがあった。
彼女もシャイクの態度が少し気になったらしい。

『私、ラスに呼ばれているの。ごめんなさいね、また後でお会いしましょう』

本当は同時対応もできる筈なのだが、そう告げるとポーラのホロは消えた。
彼がどうして彼女にこのような態度を取るのかは分らなかったが、今は気にするまい。
再び歩き出すと、前を向いたまま彼の方をむかずに言う。

「シャイク、後で彼女と貴方のウェアコンを同期しておいてください。そうすればいつでも誰かと通信が取れますから」

これで、とりあえずポーラの話題を終えるつもりでいた。
実際に彼女に関する必要最低限のことはこれで終わりだ。

「分りました。で、僕の担当の場所はどこなんでしょう?」

案の定、彼も話題を変えたかったようだ。
それは兎も角、彼の問いにはつい意地悪く微笑んでしまう。

「簡単に言えば、この船全部です」

さらりと言ってのけたヘルマにシャイクは驚きを隠さない。
彼は機関士として就職したのだから、驚くのも無理はない。

「全部?」

「ええ、全部」

眼鏡の奥で更に目が大きくなる。

「貴方の前任だったメルクリウスは肩書きこそ機関士長でしたが、ある意味で雑用係みたいでしたね。整備に修理、積み入れから荷揚げ、時には操船まで何でもこなしていました」

「そ、そんなに……?」

「ええ。ですが、まずはとりあえず、貴方の上司と同僚となる皆の所へ行きますね」

「お、お願いします……」

そう簡単には驚きから立ち直れないらしい。
まだ少し呆然とした症状だ。

「この船の作りは簡単ですが、これから3日間は私が共に付きます。分らない事があれば何でも聞いてください。ティスローからは一人で行ってもらうのでこの3日で全ての事を覚えてください」

ティスローまでは通常航行だが、その先、フェクナスへは2度の亜空間航行を行わねばならない。
その通常航行から亜空間航行への移行の際には皆忙しくなり彼の相手をする余裕はなくなる。
どうしてもそれまでには仕事を覚えてもらわなくてはならない。
何しろ亜空間航法では重力制御装置が使用できなくなるために無重力状態となる。
船員の中には軽く宇宙酔いする者もいない訳ではない。
肝心の船医までもがそうなのだから、これだけは何としても外せなかった。

「分りました」

その後もとりとめのない事を話しつつ、道を進んだ。
リフトを降りれば機関室はすぐだった。

「さあ、ここが貴方の主な職場です」

だが、開いた扉の向こうには誰もいなかった……。

機関室とは言っても、エンジンそのものはこの部屋の更に扉を幾層も進んだところにある。
滅多にエンジンそのものが壊れると言う事はないし、そんな事態になっていればポーラが先ず連絡をよこしてくる筈だ。
となれば、彼らがここにいない理由はただ一つ。
またどこかでさぼっているに違いなかった……。

「本当は、機関士長に説明をしてもらうつもりだったのですが、いないようなので私が簡単に説明しますね」

とりあえず、一通り仕様を説明しつつ声には出さずポーラを呼び出す。

《接続……ポーラ、アイシスたちは今どこにいる?》

〔どうやら、私にも感知できない所にいるようです。どうせ、また遊んでいるのでしょう。メルクリウスがいなくなった途端これですからね。困ったものです。強制で呼び出しますか?〕

コンピュータでも愚痴は零す。
それが自分自身に大きくかかわるような時は、特に、だ。

《いえ、良いわ。ただ、今夜の晩餐は全員揃って行うと伝えておいて。新人の歓迎のために。》

〔分りました。他に何かすることはありますか?〕

《そうね、シャイクの部屋を綺麗に片付けておいて。それと、彼に合うサイズの服はあったかしら?》

〔了解しました。彼の身体データはすでに取ってあります。新しく作って部屋に届けておきましょう〕

当座の問題もこれで解決だ。

《助かるわ、ありがとう》

〔いいえ、それでは〕

《……切断》

「とりあえず、一通り分りましたか?」

「はい、大丈夫そうです。ただ、一つ気になる事があるんですが?」

その瞳はどことなく不安げだ。
いや、いぶかしんでいる様にも見える。

「何でしょう?」

「ここの設備の中で、まだ市場に出回っていないものだあるような気がするのは、やっぱり、気のせい、ですよね?」

流石、研究者は見るところが違う……。
思わず言葉に詰まりそうになりながらも、平然と答える。

「……ええ、気のせいだと思いますよ」

裏市場には出回っていますから。

と、心の中だけで付け足しておく。
嘘は付いていない。
“市場”が“正規”のものではなく、“裏”なだけだ。
勿論、そんなことは正規の市場を中心に取引しているヘファイトス人に対しては口が裂けても言えるものではない。
ここは笑って誤魔化すのが一番だ。
いずれ彼も分ってくれる日が来ることだろう……。
後はその日が早いことを願うのみ。

「それでは、そろそろ食堂へ行きましょうか。皆集まってきている事でしょう。その席でクルーを全員紹介しますね」

「はい、宜しくお願いします」





標準歴256年3月18日。
こうして運送会社CosmicCarrier所属、星間輸送船Altairに新しい乗組員が加わった。

彼が、直属の上司となる機関士長アイシスの際どいジョークと扇情的な服装に顔を真っ赤にし、しどろもどろになっていたということは、また別の話だ。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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