夏。 とうとうこの季節がやってきてしまった。 汗かきの僕にとって地獄の季節。 汗まみれの醜態を人目に晒すことになる季節。 そんな季節にも関わらず、僕は外にいた。母さんにお使いを頼まれたからだ。 既に僕の体は汗でびしょびしょだ。 早く家に帰ろう、僕はそのことばかり考えていた。 公園の前を通り過ぎようとした時、ふとこんな会話が耳に入ってきた。
「さっさと金を出してもらおうか!」
驚いた僕は声のした方を見る。そこには同クラスの男子村雲翔(むらくも かける)と、星野さん、そしてなんと! 大槻さんがいた。
「あんたなんかにやる金はないわ!」
星野さんが言い返す。
「あぁ?そんな口聞いてイイのか?どうなっても知らないぜ。」
こ、これは明らかにカツあげではないか!しかも襲われているのは女の子二人。更に言うなら大槻さんも巻き込まれている! 僕の心に、熱い炎が燃え上がった。 大槻さんに悪さをする者はこの僕が許さない!
僕は三人の方へと駆け出した。普段ならこんな暑さの中を走ったりはしない。走り終わった後の汗の洪水が嫌だからだ。しかし、今の僕にはそんなコトどうでも良かった。
大好きな人を守る。
その一心で僕は村雲に突っ込んだ。
「ぬおっ!」 村雲は吹っ飛んだ。 僕も反動で一緒に転ぶ。僕はすぐに起き上がる。汗にこびりついた土が茶色い光沢を放っている。
「女の子相手にカツあげなんか許さない!」
僕は二人の女子を庇う様な格好をとった。 しかし、その時思いもよらない出来事が起こった。
星野さんが村雲に走りよったのだ。
「村雲君、大丈夫?」
へ?何がどうなってんの?
「ちょっと赤西君!劇の練習の邪魔しないでよ!」
劇の練習…そうだった! 一ヶ月後に迫った文化祭。ウチのクラスは演劇をやるのだった。そして村雲は悪役、大槻さんと星野さんは襲われるヒロイン役だった! 僕は顔がかぁっと熱くなるのを感じた。そのお陰で更に汗が吹き出る。何て恥ずかしい…。 「ま、いいじゃないか!赤西が真に受ける程、俺達の演技が上手かったってことさ。」
あ〜、僕の勘違いだった!ごめんごめん。それにしても、二人が無事で良かった、良かった。 と、いうのではありがちな勘違い劇だ。しかし、この話には続きがある。
村雲が仲直りの印に右手を差し出した。僕はおずおずとその手を握り返す。
「赤西、俺、気にしてないからさ。コレで仲直りだな!ハハハ…うっ。」
村雲の笑顔が歪んだ。どうしたんだ?と、疑問に思っている所に、星野さんが手を差し出してきた。
「ま、そう言うことなら仕様がないか。…でも赤西君、ちょっとかっこ良かったよ。」
僕は握手を返す。なぜか星野さんの笑顔も引きつる。 もしや!と思い、僕は自分の手を見る。 僕の手の平には大量の水滴が夏の陽光を受けて光っていた。 星野さんと村雲の方を見る。二人は僕に気を使って、手を後ろに隠してはくれていたが、明らかに僕の汗を服で拭き取っていた。僕はもうソコにいるのに耐えられなかった。
「ごごご、ごめん!」
差し出された大槻さんの手無視して、僕は走ってその場を立ち去った。
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