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欠点の塊の少年の恋の話 作者:Alan Smithy

第10回   エピローグ
 今年は珍しい事に、クリスマスが終業式だった。
 ロマンチックな生徒はこのコトをとても嬉しがっていた。

 だが僕の心は、寒々とした空同様、どんよりと曇っていた。
 三学期は大学受験。
 この冬休みは勉強のために缶詰にならなくてはいけない。それに…

 大槻さんの姿をまた暫く見ることができない。
 彼女に「好きなヒト」がいると知った今でも、僕は大槻さんが大好きだった。
 
 しかし、前よりももっと、自分に自信がなくなっていた。

 彼女は「好きなヒト」に、もう告白したのだろうか?大槻さんが思いを寄せている「ヒト」はどのくらいの人間なのだろう?僕はずっと気になっていたが、知る術は無かった。


 相変わらず眠気を誘う式が催され、相変わらず伸びていない成績が記された通知表を貰い、相変わらず退屈な「冬休みの諸注意」が述べられた後、放課となった。


 僕は一人、昇降口に向かう。外は静かで、風一つ吹いていなかったが、大気中に放たれた冷気は、厚いコートの下にまで浸透していた。

「赤西君、また来年!良いお年を!」

 後ろから星野さんが話しかけてきた。僕は笑い返し、「星野さんもね。」と返事する。

 星野さんは自転車置き場に向かって走っていった。
 後ろを振り返ると、大槻さんが扉から出て来た。黒いコートに、水色のマフラーを身につけた大槻さんはやっぱり可愛かった。

「赤西君、勉強頑張ってね。応援してるから!」

 彼女は僕の近くに来て、ニコリと微笑んだ。
 僕はパッと赤くなった。

 その笑顔が高校一年の夏祭りの時に見た、「あの」笑顔とそっくりだったからだ。

 小さなエクボが浮き出るあの笑顔。
 鼻血まみれになった僕に向けてくれたあの笑顔。
 更にヒドくなる出血を止めようと、必死になっている僕を優しく見守ってくれていたあの笑顔…。


「ミツ、行くよ!」

 星野さんが自転車に乗ってやって来た。
 大槻さんは「それじゃあまた来年!良いお年を」と言って、星野さんの後ろに乗り込んだ。


「ちょっと待って!」


 いつの間にか僕の口からこんな言葉が出ていた。

 二人は驚いて振り返る。

「大槻さん、ちょっと話があるんだ。」

 僕の口は、僕の意志に関わらず、勝手に動いている。
 ちょっと待て!何を言おうとしてるんだ?

「大事な話なんだ。」


 星野さんが何かを悟ったらしく、にやりと笑う。大槻さんが自転車の二台から降りる。

「さてと、邪魔者は退散しときますかねぇ。ミツ、またね。」

 星野さんは笑いながら、大槻さんに話しかけた。
 そして、
「赤西君、頑張んなよ!」

と言ったかと思うと、彼女は走り去った。


 僕と大槻さん、その場に二人が残った。

 一瞬の沈黙。
 
空気はもの凄く冷たく、僕は震え始めていた。


「話って、なに?」

 大槻さんが優しく尋ねてきた。


「実は…」

 さっきまでひとりで勝手に喋っていた口が、何故か今は動かなかった。
 変な所だけ出しゃばって、肝心な所で動かなくなるなんて…。
 自分の口ながら、ホントに頭に来るヤツだ。
 しかし、反面、僕はこの「口」に感謝していた。彼女の笑顔に突き動かされたこの「口」が、とうとう「キッカケ」を作ったのだった。

 僕は少し間を置いて話しだした。


「この通り、僕は不細工です。」


 いざ喋りだしたは良いが、なんと言ったら良いか分らない僕はこんなことを先ず言った。


「それに僕は運動神経がとても悪い。」


 次の言葉。僕の体は急激に熱を帯び始める。


「更に僕は背が低い。」


 僕の体は火照っていた。特に顔と耳は凄かった。それなのに、僕の体は震えていた。


「僕は毛深くて、まるで猿人間みたいだよ。」


 その時、またもやあの「口」が動き始めた。


「それに僕は汗かきで、人と話すのが下手で、すぐにどもって、優柔普段で、情けなくて、自分の思ったことも言えなくて、嫉妬深くて、寂しがりやで、意気地なしで…」

 僕の「口」は、僕のありとあらゆる悪い所を並べ上げていく。

「…嘘つきで、お調子者で、機転が利かなくて…」

 僕の「口」はやがて僕の私生活のことにも言及し始める。話のつながりもメチャクチャだ。

「…僕の部屋は汚くて、僕はトイレに言ったら紙を流さなくて、髪に付けるワックスは父親と共有なんて言うかっこ悪いヤツで、それから、それから、僕は家族で分けて食べる筈だったケーキを一人で食べちゃう様なヤなヤツだ。こんな、悪い所だらけで、他の人よりも凄い所なんて一つもない僕だけど!…」


 「口」が止まった。
 さんざん好き勝手言っておいて。
 しかし、僕は分っていた。
 「口」が勝手に動いた、と言ってもそれは結局僕の意志なのだと、いうことを。この後、なんと言うべきかも。


 僕は鼻から息を吸い込んだ。そして言った。



「大槻さんを思う気持ちは一番です!」



 沈黙が流れた。
 恐らく時間にして本お一瞬だったのだろうが、僕にとっては終わりない時間に思えた。



「私ね…」



 大槻さんが切り出した。

 この始まり方。よくテレビで見る出だしだ。そして、たいがいこの後に続く言葉は…



「好きな人がいるの。」



 ほら、やっぱりだ!所詮、僕なんか大槻さんの眼中に止まる筈がない。
 
 しかし、今日の僕はあきらめなかった。
 どれほど大槻さんの事を僕が好きか、本気で知ってもらおうとしていた。
 僕は一気にまくしたてた。


「それは知ってるんだ。きっと、大槻さんの好きな人は僕より何倍も運動ができて、僕より何十倍もかっこ良くて、僕より何百倍も優しいんだろう。けど、コレだけは自信を持って言える。大槻さんを思う気持ちは、絶対に僕の方が強い!それに…」

 僕は言い止めた。

 何故なら、大槻さんが人差し指を一本立てて、僕を制したからだ。
 彼女は笑っていた。


「私の好きな人って言うのはね…」


 彼女の顔が赤くなる。
 僕は少し不思議に思った。



「赤西雄飛君っていう名前なの。」



 へ?

 今、大槻さんはなんて言ったんだ?
 誰の名前を言ったんだ?
 

 僕は突然の出来事に混乱していた。
 すると、大槻さんが大きく息を吸い…


「不細工で、運動神経が悪くて、背が低くて、まるで類人猿みたいに毛深くて、汗かきで、人と話すのが下手で…」

 大槻さんはさっき僕が言った、僕の欠点を次々に並べていく。
「…家族で食べる筈だったケーキを一人で食べちゃう様なヤなヤツだ!」

 大槻さんが息を継ぐ。


「…ってその人は言うけれど、私が感じているその子は、掃除の時間に毎日、ちりとりを渡してくれる優しい心を持っています。」

 大槻さんは少し間を置いて続ける。

「それからその人は応援されると一生懸命になる、素直ながんばり屋さんです。」

 大槻さんは更に続ける。

「またまたその人は、悪いヤツに私が襲われていると、全力で助けに来てくれる勇気のある人です。まぁ、あの時はちょっと勘違いしちゃったみたいだけどね。」


 僕は何も言うことができなかった。
 ただ、膝が、手が、足が、全身が震えていた。



「そして、何よりも!その人は私をすごおく好きでいてくれています!だから、私もその人のことをすごおく好きです!」



 大槻さんは最後にこう締めくくった。
 
 大槻さんの顔は赤かった。
 が、彼女は笑顔だった。「あの」ステキな笑顔だった。




「…ありがとう」



 僕は静かにそう言った。
 大きな声で言いたかったが、どうしても声が出なかった。

「こちらこそ!」

 大槻さんは元気な声で言った。
 そして、

「一緒に帰ろう!」

と手を差し出した。
 僕も手を出そうとしたが、その時、自分の手が、汗で濡れていることに気がついた。
 あまりにも緊張していたからだ。

 しかし、大槻さんはこう言ってくれた。
「私、全然気にしないから。」

 僕は躊躇しながら、大槻さんの手を軽く握った。
 何だか、余計に汗の量が増した気がした。
 
 しかし、大槻さんは僕の手を優しくしっかりと握り返してくれた。



 あぁ、本当に。本当に僕はこの人を大好きだ。
 


 僕も彼女の手を力を込めて握り返した。

 空からはちらほらと雪が降り始めた。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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