今、僕がいる世界はエターナルアース、剣と魔法の世界だ。もっと詳しく言うとエターナルアースの中心から少し外れた農村パナケイアの近くの草原だ。そしてこの世界での僕の名前はリューク。魔法使いを目指してる駆け出しの冒険者だ。まだ冒険を始めたばかりなので分からないことばかり、今日は村の酒場で知り合った熟練の冒険者のロックさんに魔法を教えてもらうところだ。
「今日は僕が攻撃魔法について教えてあげるね」
「はい、よろしくお願いします」
ロックさんの呼びかけに僕は元気よく応えた。
「じゃあ、僕がまずは一番簡単な呪文のお手本を見せるから、それを見て真似してみて」
「はい」
「当てる目標はあれでいいかな。」
ロックさんは近くにある岩に向かって杖を構えた
「んじゃ、いくよ。激しき力持ちし火の精霊よ、わが下に集いて火玉となれ、ファイヤーボール!」
ロックさんが呪文を唱えるとロックさんの手にした杖の先から火の玉が勢いよく飛び出し岩に当たった。ぶつかった所の岩の表面は真っ黒にこげていた。
「うわー、すごいなー。ロックさんてばかっこいいですねー」
「ありがとう。今度は君の番だよ、やってごらん」
「はい、それじゃーいきますねー」
僕はロックさんと同じように杖を構えた。
「いくぞ、ファイヤーボール!」
しーん。少し間をおいて鳥の鳴き声が聞こえた。しかし僕の杖から火の玉が出る様子はいっこうにない。
「呪文の前説をはしょらないで、ちゃんと言ってごらん」
「はい」
ロックさんのアドバイスを受けて僕は気を取り直してまた杖を構えた。
「激しき力持ちし火の精霊よ、わが下に集いて火玉となれ、ファイヤーボール!」
しーん。やっぱり出ない。
「だめです、出ないですー」
「うーん、いいかいリューク君。ここがどんな世界か分かるかな?」
「剣と魔法の世界、エターナルアースです」
「うん、そうだね。この世界の2枚看板といったら剣と魔法だね。じゃあ、この世界ではなんで魔法が使えるのかな?」
「…分かりません」
「それは精霊のおかげなんだ。目には見えないけどこの世界にはいろいろな精霊がいるんだ。そしてその精霊が力を貸してくれるおかげで僕達は魔法を使うことができるんだよ」
「へえー、そうだったんですか」
「この世界の常識だよ、よく覚えときな」
「はーい」
「呪文の名前を唱える時の前説は、精霊達への語りかけなんだ。精霊達にあなた方の力を私にかしくてく下さいって頼んでるんだよ」
「はい」
「その点を踏まえてもう一度挑戦してみな」
「はい、じゃあ気を取り直してもう一回いきますね」
「うん」
「激しき力持ちし火の精霊よ、わが下に集いて火玉となれ」
僕は前よりももっと気持ちを込めて呪文を詠唱した。
「ファイヤーボール!」
しーん。今度こそという気持ちとは裏腹に今回も特に変化はない。
「ああ、もう何ででないんだよ」
「リューク君、呪文の前説はなにも決まった型があるわけじゃないんだ。この呪文にはこの台詞、なんて決まってるわけじゃないんだ。精霊達に自分の気持ちが通じさえすればいいのさ。ただそれができない限り魔法は使えないんだよ」
「はい」
「さあ、それじゃー自分の言葉でもっと力強く精霊たちに語りかけてごらん」
「はい、んじゃいきますね」
ごくりと、つばを飲み込むと僕は呪文を唱え始めた。
「この世界のすべてを焼き尽くす程のものすごい力の持ち主の火の精霊様達、どうかどうかこの哀れな魔法使いを目指している駆け出しの冒険者リュークになにとぞ力をお貸しください!」
僕は自分の中で考え付くだけの言葉を使って精霊に語りかけた。
「おねがいだ出てくれ、ファイヤーボール!」
杖を岩に向けて構え、僕は身じろぎもせず呪文を唱えた。
そうしてそのまま一分ほど固まったいた。が、状況になんら変化はなかった。
「あきらめないで、リューク君。じゃんじゃんいくんだ。」
「はい」
ロックさんに促され(うながされ)、僕はあきらめずに何度も呪文を唱えた。
「リューク君、今度はもっと精霊たちに届くように大きな声で!」
「はい!」
「言葉だけじゃなくて全身で気持ちを表現するんだ!」
「はい!」
そんな風なやり取りが3時間ほど続いた。
しかし、ついに僕が呪文を唱えるのに成功するのにはいたらなかった。
「はあ、はあ、はあ。ぜんぜんだめだ。僕って才能ないのかな」
いくらやっても成功しないため、僕は自分の才能のなさをいい加減疑い始めた。
「そんなことないよ、リューク君。はじめは誰もがそうなのさ。何を隠そう、僕だって最初はそうだったのさ」
「え、ロックさんもそうだったんですか?」
ロックさんの意外な言葉に驚いて僕は尋ね返した。
「ああ、今のリューク君のようにほかの冒険者の人が付き添ってくれて何回も呪文を唱える練習をしたんだ」
「そうだったんですか…、あのそれでロックさんはそのこういうことっていうか、練習何時間ぐらいしたんですか?」
僕はおずおずとロックさんに尋ねた。
「うーん、恥ずかしいから内緒」
「…そうですか」
ロックさんも魔法が使えるまで何回も練習したなんて以外だった。練習した時間を言わなかったのは、呪文の詠唱の成功までに必要な時間を知って僕がめげないようにというロックさんの気遣いなのだろう。
「だいぶ暗くなってきたしそろそろ僕は村に帰るね。リューク君はどうする?何なら一緒に魔法で送ってあげようか?」
「いえ、僕はここに残ってこのまま練習を続けたいと思います」
なんとしてでも成功させるんだ、僕はそう決心していた。
「そっか、じゃあまたね。大気に満ちし風の精霊よ、その力を持ちて我と彼とを彼の地へ導きたまえ、ムーブ!」
ロックさんが呪文を唱えるとまばゆい光に包まれた後一瞬にして消えた。
「やっぱり、魔法が使えるってかっこいいな…。よーし、おれもがんばろうっと。この世界のすべてを焼き尽くす程の…」
そうして草原に僕の呪文を唱える声がいつまでも響いていた。
俺は彼と別れ村へ付くと酒場に向かった。酒場に付くといつもの顔見知りが声をかけてきた。
「よう、ロック。今日は何してたんだい?」
「初心者に魔法の講義をしてたんだよ」
「はっはっは、お前も物好きだねー」
「俺も昔のことを思い出してねー」
「まあ、この世界で魔法使いを目指すものなら誰しもが通る道だよなー」
「最初は9割以上の冒険者が他の冒険者に呪文の唱え方を習う、この世界の掟(おきて)みたいなもんだよな」
「そうだなー」
そいつはジョッキに残ってたビールをぐいっと一気に飲みほすと話を続けた。
「ファイヤーボールぐらいなら水色スライムの10匹も倒せばすぐに使えるようになるのになー」
「それは知ってっても教えないのがお約束ってもんさ」
「あっはっは、おまえも結構ひどいやつだなー」
「俺だけが特別ひどいってわけじゃないさ、言っただろう9割以上の冒険者がってさ。それに俺も被害者の一人なんだからな」
「ははは、そうだったな。おまえもいっぱい喰わされた内の一人なんだったけな。んでお前ん時は何時間ぐらい練習したんだ」
「いつも言ってるだろう、内緒だって。おれはこの秘密を墓まで持って行くつもりさ」
「そうかい、そんじゃもうひとつ質問だが魔法はその呪文の名前を言うだけで効果が発動するのに、何でおまえはいちいちあんな枕詞(まくらことば)をつけるんだ」
「練習のとき思いついた言葉をかっこつけるのにつかってるだけさ。そのまま忘れて使わないとほとほとあの練習が無駄だったと思えてくるからな。同じ理由で使ってるやつって他にも結構いるぜ」
「へー、なるほどね」
「まあ、そういうわけさ。さてと俺も飲むとしようかな」
「じゃあ、飲む前に乾杯でもするかい」
「おまえはもうさっきっから飲んでるだろう。まあいいや、じゃあ、あどけない純朴な駆け出し冒険者に」
「この楽しいエターナルアースに」
『乾杯』
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