僕は暗闇の中にいた。もう何時間ぐらいこうしているだろう。でも僕は僕の愛しい相手と一緒だからぜんぜん平気だった。
「先日、友達に会いに行くといったまま22歳の女性が行方不明になっています。一週間以上連絡がないため警察では公開捜査に踏み切ることになりました。なにか情報をお持ちの方は下記の電話番号までお知らせください」
テレビではニュースが流れていた。僕は彼女の左手をぎゅっと握り締めた。彼女は何も言わなかった。彼女はもう喋る事が出来ないのだ。でもそれでもいい。彼女という存在が僕のすぐそばにある、それだけで僕の心は安らぐことができるんだ。
「○○さんの失踪時の情報です。身長は155センチ、体重は49キロ。服装はピンクのワンピースに水色のハイヒール、赤い帽子。指には指輪をはめていたそうです」
僕は彼女の指をじっと見た。白くて長い綺麗な指だった。そして昔からしてる小さな指輪をしていた。この暗闇の中ではまったっくと言っていいほど輝きを失っていたが、僕がお小遣いをためて買った時からしている思い出の指輪だった。
「おい、おまえ、そこにいるんだな。」
急に怒鳴り声がした。ついに見つかってしまったんだ。いつかその時が来ることはわかっていた。でも僕には彼女がいる。彼女という存在があれば僕は何だって乗り越えられる。
「僕はずっと彼女といるんだ。そう決めたんだ。誰にも邪魔はさせない。誰にも僕達を離れ離れにすることなんかさせやしない!」
「馬鹿なことを言ってないで早くそこから出て来い。自分が何をしているかちゃんと理解してるのか?」
「僕だってこんなことはしたくなかった。でもこうするしか仕方がなかったんじゃないか。あなたが僕と彼女の関係を認めてくれれば…。そう、あなたさえ認めてくれれば」
「あなただと、誰に向かって口を聞いてるんだ。」
「あなたのことだよ。父さん、あんたに言ってるんだ!」
僕がそう叫ぶと僕と父さんの会話に少し間が空いた。
「速報です、えー、今入った情報によりますと○○さんらしき遺体が発見されました。遺体は○○さんの実家からすこしはなれた山林にうち捨てられており、また遺体から左腕が切断され持ち運び去られた模様との情報です」
テレビではまたニュースが流れていた。
「わかった、お前がした馬鹿げたことを許してやろう。約束しよう、私はお前に何もしない。さあ、だからそこからでてくるんだ」
そう、父さんのほうから切り出してきた。僕は少し迷った後、父さんに尋ねた。
「本当だね?何もしないって約束してくれるんだね?」
「ああ、何もしない。約束するよ」
「…わかった、今ここから出てくよ」
そうして僕はずっと長い間いた暗闇から出て行った。
「…父さん」
「この馬鹿息子が!」
僕は父さんに頬(ほほ)に平手打ちを食らった。
「いい年をこいた大人が分別もつかんとなにを馬鹿なことを…。父さんは、父さんは恥ずかしいぞ。」
「……」
「死んだ母さんになんて詫びればいいか…」
「…ったね」
「なんだ?」
「ぶったね、何もしないって約束したのに…。ひどいよ、酷いよ。」
「……」
「きみも、君もそう思うだろう、アンジェリカ?!」
「こんの馬鹿息子が!なにがアンジェリカか!男が壊れた人形なんぞにのめりこみおって」
「また、馬鹿息子っていったね!アンジェリカは僕が子供の時、お小遣いをためて買ってからずっと一緒にいたんだもん。壊れて喋れなくなったって僕のアンジェリカに対する気持ちはずっと変わらないんだから!」
「あー、本当に頭が痛いわい。二十歳を過ぎた男がお人形といっしょに押入れの中で隠れておるとは」
「僕だって好きであんなとこいたんじゃないやい!」
「偉そうに言うことか!」
「お父さんこそテレビつけっぱなしにして。そんな僕たちに関係のない事件のニュースなんかほっとけばいいのに」
「うるさい!ニュースで扱うような事件の当事者になることは本当に稀(まれ)じゃろう。だからといって世の中のことに対して無関心ではいかん。何事に対しても真面目に取り組む姿勢が大切なんじゃ」
「はいはい、わかったよ。それより僕とアンジェリカのことちゃんと認めてよね」
「まだ、言うか!ほんとにお前というやつは…、大体男というものは…」
終
|
|