「はじめまして、突然ですが私と契約いたしませんか」
私と始めて会った時、彼ははそう言った。 ぶしつけな話に私は言い返した。
「なんだね、君は一体、人の家に突然押しかけてきて。何かのセールスなら間に合ってるよ」
「いえいえ、私はセールスマンなどではないです、私は悪魔です」
「馬鹿をいえ、どっからどうみたって人間にしか見えないじゃないか」
彼は世間一般で言うところの美形だった。 だが角や尻尾がついてる様子は無い。 スーツをびしっと着こなし、営業マンのようなスタイルだった。
「私は下級悪魔なのでこんな姿なのです。見ての通り人間とほぼ変わりません。能力的にも同じ事が言えます。それで話を戻しますが、私と契約していただけませんか。私と契約していただければあなたが死ぬまで一生御使いします。」
「へー、なかなか良い話じゃないか。だが契約するとなるとそれなりの代価が必要なんだろ」
「ええ、古典的な話ですがあなたが死んだ時にあなたの魂をいただきます」
「ははは、それじゃ本当に悪魔のようじゃないか」
「はい、先ほどから申してますように私は悪魔です」
「ふっふっふ、君は言うことはなかなか面白い。よし君と契約してやろうじゃないか」
「ありがとうございます。それでは今日からあなたに御使いいたします。ただ私は能力的には常人とほぼ同じです。それをお踏まえの上何なりとご命令ください」
「そうかい。ではまずは飯でも作ってもらおうとするか」
「はい、かしこまりました」
そういうと彼は冷蔵庫に合ったありあわせの材料で料理を作ってくれた。 だがそれは、とてもありあわせの材料で作られたものとは思えないほど美味しかった。 私はとても得した気分だった。自分にこんなおいしい出来事が転がり込んでくるとは。 彼は自分のことを悪魔だといっていたが、そんなわけは無いだろう。きっとすこし頭のねじが緩んだ奴なのかもしれない。彼が不必要になったり、なにか問題を起こしたら追い出してしまえば済む事だ。それまでは当分こきつかってやることとしよう。
それからというもの彼は私の為に働き出した。 まず朝は私を起こすことから始まり、朝食を作り私の出社の準備をして私を送り出す。 その後、洗濯、掃除、おかずの買出し等をし、私が帰ってくるころにはお風呂と夕食の準備を整えて私を迎えてくれた。彼は謙遜していたが、普通の人間が出来る基本的なことは人並み以上にこなした。
何年か経ち、私は彼との関係にとても満足しながら生活していた。はじめのころ考えていたことなどもう頭の中から消えていた。もう私は彼無しの生活など考えられないようになっていた。会社の友達の中には結婚して新しい家族と暮らし始めるものもいたが、私には興味の無いことだった。私には彼がいる。そんな思いからか、私はだんだんと人付き合いを避け、家で彼と過ごす時間が増えていった。彼と過ごすのは最高の娯楽だった。彼は話のセンスがあって私を飽きさせることが無かった。休日には彼と一緒に買い物に出かけ、彼の為に服を新調してやったり一緒に外食したりした。そんな楽しい日々だった。
そんな生活が何十年も続いたある日、私は家のベッドで横になっていた。 私は自分の命が長くないことを感じていた。 私は彼を枕元に呼んだ。
「私はこんなに老いてしまったのに、君は出会ったころとぜんぜん変わらない。君は本当に人間ではなかったのだね。でも君のおかげで私の一生は素晴らしいものだったよ。本当にありがとう」
私はかすれた声で彼に礼を言った。
「気にしないでください。あなたが死ぬまで一生あなたに仕える。そういう契約でしたでしょう。」
「そうだったね。もう忘れかけていたよ。長い、本当に長い年月を君と一緒に過ごしたね」
「ええ」
「でも、もうすぐそれも終わりだ。私も天寿をまっとうする時が来たんだ。君と分れるのは残念だが、それが自然の摂理だ。名残惜しいが仕方が無い」
「…」
「人は死んだらどうなるんだろうね。いや、つまらないことを考えるのは止めにしよう。どうせ、もうすぐこの身を持って知ることになるのだから。ふふ、でも出来ることなら天国に行きたいものだなあ」
「…あなたは天国には行きません。生まれ変わるのです」
「そうかい。じゃあ今度生まれ変わる時もまた人間に生まれ変われ―」
私の声を遮って彼が切り出した
「残念ですが、それは不可能です」
「なぜだい?じゃあ、一体私はなに生まれ変わるんだい?」
「あなたは悪魔に、正確には私のような下級悪魔に生まれ変わるのです」
彼は笑みを浮かべながら落ち着き払った態度でそう言った。
「な、なんだって」
私は驚愕し、息が詰まりそうになった。
「あなたが死んだ時、あなたの魂をいただく。そう言う契約だったでしょう。あなたの魂は、私よりもぐっと上の位の悪魔によって、悪魔に作りかえられるのです。今のように老いた姿ではなく端整な顔立ちで美しい体に生まれ変わるのです。素晴らしいでしょう」
「ワ、ワシをずっと騙しておったのたか」
「ふふふ、失礼なことを言わないでくださいよ。私は一言も嘘などついてはいませんよ」
「ハアハア、こ、この悪魔めー!」
「ははは、だから最初に合ったときからそう言ってるじゃないですか。ご老人が声も絶え絶えに怒り狂うのは見るに絶えませんよ。心配しなくてもきっと上手くやっていけますよ。まあ契約してくれる方があなたのように善良な方ばかりとは限りませんが。中には良からぬ趣味をお持ちで私達をその対象にしようとする方や、盗みや詐欺、誘拐などの汚れ仕事、果ては殺人など命令してくる方もいますがね。だからと言って契約をとってくるのを渋っていたりすれば悪魔流のきつい罰が待っていますがね。」
「そ、そんな」
「まあ、私もあなた様の御陰ですこしは悪魔としてランクアップできそうですよ。これで長年の苦労も報われると言うものです」
「い、いやじゃ、いやじゃ。ワシは悪魔などになりとうない。」
「そんなことを言っても無駄ですよ。これは正当な契約に基づいての行為なのですからね」
「ハアハア、いやじゃ、いやじゃ、う…」
私はそう言うと私は事切れた。 それから私は彼の言う通り悪魔に生まれ変わった。 そして、ある日、私はある家の玄関にいた。 そうして私はそこの住人にこう切り出した。
「はじめまして、突然ですが私と契約いたしませんか」
|
|