「貴方のせいよ、全部貴方が悪いのよ」
「ちがう、おまえのせいだ。あの子がこんな風になってしまったのは、お前が女の癖に仕事なんかしてるからだ」
「やっと私でも勤まる仕事を見つけたのよ。他に熱中できるものがないのよ。それになによ、貴方よりましよ。貴方が仕事だ仕事だといって外に女をつくっているの知ってるのよ」
「知ってたのか……」
「知ってたわよ、貴方は浮気、子供とはまともに口も利けない、団地のみんなからは白い眼で見られてる。もう耐えられないわ」
「ベビーシッターのあの子とはどうしたんだ?あのことなら少しも言葉が交わせるだろう」
「あの子は熱心に仕事をこなしてくれるけどそれだけよ。会話はまったくないわ」
「そうか、転勤のせいでお前の実家から離れてお前が寂しがってるのは知っていた。それでも子供が出来ればとおもってたんだがあの子がこんな風に育つとは思わなかったんだ」
「貴方はいいわよね、あの子も貴方になら少しは口を利いてくれるから」
「俺もたいした会話は出来ないさ」
「失敗だったのかしらね、私達」
「そうかもな……」
「これからは俺ももっと子育てに参加するよ」
「……ありがとう。でもいまさら間に合うのかしら、あの子」
「やり直すのに遅すぎることはない。こっちが誠意を持って対応すればきっと気持ちは通じるさ」
「そうね、あの子が英語しかしゃべれないとしても」
「そうさ、日本語以外は簡単な英語しかしゃべれない俺でもこの外国の地で何とか仕事をこなしてきたんだ。今度だってなんとかなるさ」
「ごめんなさい、私ももっと日本語であの子に語りかけてあげるべきだったのよ。いつまでも、ああ、とか、うう、としかしゃべらないあの子を放置して、英語しか話せないベビーシッターに任せきりにした私にも非があるわ」
「あの子には日本語と英語どちらを覚えさせるべきなのかな。俺の仕事もいつまでもここにいるとは限らない。運がよければ日本の支社に配属されるかもしれない。でも運が悪ければ英語さえ通じない国に配属されるかもしれない」
「はあ、今から気が重いわね。まあ、気楽に行くとしましょう」
「そうだね、気楽にいくとしよう」
追記
この話で話題にされた少年がいくつもの国を転々と暮らし、さまざまな言語を身につけ言語学者として成功を収める話はまた別の機会に話そう。
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