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ショートストーリー2 作者:暗中茂作

第30回   It proliferates
「話の始まりはまず、さあ。男が逃げてるのよ」

「うん、うん」

「その後ろをまた別の女が追いかけてるんだ」

「うん」

「二人の走る速度は同じくらいで、距離は一定を保ってるんだ」

「うん」

「戦闘になったら体格的には男のが有利そうだけど、女は拳銃をもっている」

「うん、うん」

「だから男は女から逃げている」

「ふうん」

「男は走って逃げていたけどついに入り口が一つしかない狭い部屋に追い詰められるんだ」

「うん、うん」

「男は部屋のすみっこにいく、女は後を追って部屋の中に入って中央ぐらいの位置に立つ」

「うん」

「女は男に言う、私は殺そうと思ったらいつでも貴方を殺すことができた。でもそうしなかったのはあなたが必死に逃げる姿が滑稽だったからだと」

「なるほど」

「でも男も言う。俺はその事も想定済みだたったと。俺が必死に走って逃げればこの部屋に貴方を誘導できる。まあ、賭けの様なもんだがそれほど分の悪い勝負でもないと」

「うん、うん。なんか面白くなってきたね」

「女が言った、へえ、じゃあここで貴方の分身の技を使うの?」

「……」

「ん、どうかしたか?」

「いや話に集中してたんだ。続きを言ってくれ」

「男は言う、知っていたのか。だったら話は早い。男がそう言うと二人の入ってきた部屋のドアがガチャンと閉まった。」

「うん」

「その音に部屋のすみっこにいた男の方を向いていた女は振り返る」

「うん、うん」

「男は言う、俺の分身がした事さと」

「ほー、そういうことか。すでに女から追いかけられる前に分身して隠れていたんだ。んで、そいつが部屋に外側から鍵をかけたと」

「するどいね、まあ、そういうこと」

「やった、正解か。それで続きはどうなるの?」

「女は言う、これで私に勝ったつもりか?と」

「うん」

「男は言う、ほぼ勝ったのは間違いないと」

「ふーん。その自身の根拠はどこから来るんだろうね?」

「女も同じようなことを言った。完全に閉鎖された空間での格闘戦なら、男で分身もできる貴方の方が有利だとでも?と」

「うん、うん。なるほど、そうかもね」

「でも女は言う、私は貴方の能力の致命的欠陥を知っていると」

「へー、それってどんな欠陥?」

「女は男の腕を狙って拳銃を発射した」

「わー、いきなり撃っちゃうんだ」

「その弾は男の腕の脇すれすれをかすって飛んでいき壁にめり込んだ。男の腕からはすーっと血が流れる」

「すれすれかー、危なかったねー」

「女は言う、今部屋の外にいる貴方の分身にも同じ傷ができたはずだと。そう、貴方の弱点は一体が受けたダメージを分身の全部が同じように受けるんだと」

「それは厄介だね。じゃあ、分身してもただ拳銃の的が増えちゃうだけなんだ」

「イエス、女は言う、そろそろ潮時かしら」

「それで男は?」

「男も少し時計に目をやって言う、どうやらそのようだと」

「うん、うん」

「女は拳銃を彼の胸めがけて撃った。こんどはすれすれなんかじゃなく間違いなく中心を」

「男は?死んじゃったの?」

「いや弾は彼には当たらなかった。が彼の上着には当たった」

「どういうこと?防弾チョッキでも着てたの?」

「いやそうじゃない。彼がいた場所から、彼が着ていた服や帽子を残して彼は消えてしまったのさ。彼女が撃った弾は空中をゆっくりと落ちる上着にあたったのさ」

「なに?分身の次の今度は瞬間移動とか?」

「いや、彼はそういう能力は持ち合わせていない。部屋に女を誘導した男は本体から分身してある一定の時間がたった男だったのさ」

「なるほど。分身してから一定時間で分身は消えちゃうんだ。」

「そういうこと。こうしてまんまと男は女を部屋に閉じ込めたのさ」

「そっか、そうきたか」

「女はそんなことはわからないから男が着ていた服や帽子の方に近づいていった。何か音がする。すると帽子の下から」

「ストップ、今気がついたんだけどもう終電やばいよ。そろそろお前帰らないと」

「あ!本当だ。わりぃ、教えてくれてありがと」

「ちょっと待ってろ、お前この前上着忘れてっただろ。今取ってくるからちょっと待ってろ」

「わりぃ、わりぃ。なにからなにまですまんね。売れっ子漫画家の大先生」

「いえいえ、こちらこそ。三流小説家さん」

「あ、言ったなあ。俺は今話した話できっと賞を取ってみせる」

「はいはい、がんばって。じゃ、これ上着」

「おう、ありがとな、じゃあ」

「うん、バイバイ」

「バイバイ」

   ※

漫画家の男と別れた後小説家の男は電車のいすに座っていた。

本来電車の中では電源を切っておくべきなのだが、そこに誰かからの電話が小説家の男の携帯にかかってきた。

小説家の男は二つ折りの携帯を開いて誰からの電話か確認した。

それは先ほど別れた漫画家の男からだった。

男はその電話に出た。

「おう、おまえかさっきはどうも。俺またなんか忘れもんでもしたかな」

「いや、違う。忘れ物じゃない」

「じゃあ、なんださっきの話の続きが聞きたくなったのか?」

「いや、そうじゃない。なあ、お前の周りに人はいるか?」

「いや、いねえよ。いつもの一両車両で乗ってる人間は運転手と俺だけで田んぼの脇をがたごとと走ってますよ」

小説家の男はおどけて言った。

「そうか。じゃあ周りの人間を気にすることもないな」

「おう、なんだよ。秘密の話でもしようってのか」

「そうだな、正確な言い方は分からんが秘密の話というか秘密についての話だ」

「どうした、改まって」

「さっきお前が話してくれた話なんだけどさ」

「うん」

「あの話の最後の秘密は俺の秘密だ」

「は?どういう意味だ。……まさかおまえ俺の話を盗用しようっていうのか!」

小説家の男はいきり立った。

「冗談じゃない。あの話は俺が考えた話だ。たとえどんな条件を提示されても、お前のゴーストライターになる気もない」

かなりの大声だったが客は彼しか乗っていないので気にする必要もなかった。

漫画家の男はそれを意に介さず話を続ける。

「人は往々にして一つぐらい秘密を持ってる」

「ああ、それがどうしたよ」

小説家の男は完全にけんか腰だ。

「だが、そのたった一つの秘密のせいで苦悩したりするのが人間だ。そうして人は秘密を居有してくれる人間を欲するようになる」

「それで?俺はお前の哲学なんかに興味はない」

「そして私も普通の人間だ。普通の友人もある。そして普通じゃない悩みをその普通の友人に語ったのさ」

「なんだ、さっきからなにを言ってるんだ?」

小説家の男はわけがわからず聞き返す。

「君が僕に話してくれた話の肝心な所は僕が君に言ったことだったのさ」

「な!嘘だろ?」

衝撃の告白に小説家の男は動揺した

「覚えてないならそれはそれでしょうがない。あの時君はべろんべろんに酔っていたからね」

「すまん、本当にすまん。ぜんぜん記憶になかった。お前を疑ったりして本当にすまん」

さっきの勢いはどこにやら男は平謝りだ。

「覚えてないのはしょうがない。でも僕が許せないのはそこじゃない」

「え?他にどこが気に食わないんだ。おしえてくれ。謝るから」

「いや、君とは絶交だ。ここで永遠にさよならだ。じゃあ」

漫画家の男はそう告げると話を一方的に打ち切り電話を切ってしまった。

「おい、おい、待ってくれ。おーい、なあ」

小説家の男が呼びかけても返事はなかった。

仕方がないので大きく息を吸い込んで伸びをした。

すると上着のポケットで何かが動いた気がした。

男は一瞬携帯にまた漫画家の男から電話がかかってきてバイブレーションが作動したのかと思った。

思った、そしてそれまでだった。

男のポケットからすごい勢いでなに真っ黒な物がものすごい勢いであふれ出した。

「!?」

男が事態を理解するより早くそれは車両全体に広がって行った。

そうして小説家の男の命は、

   ※

『か、かみが、髪が襲ってきたんだ。私は運転席の壁にさえぎられて平気だったが乗客の方が飲み込まれて』

次の日の昼、ニュースで昨日の田舎のほとんど誰も利用しない赤字続きの列車で起きた事件について、その場に居合わせた運転手にインタビューされていた。

ニュースはしかし、車両内に大量の髪の毛なんてそんなものはなく、ただ男の圧迫死した変死体があったことと、電車の内部から外側に圧力がかかっていたことを報道していた。

漫画家の男はそれを聞きながら作業していた。

いや、正確には漫画家の男達というべきだろう。

彼ら分身は一人づつ、ベタを塗ったり、トーンを張ったり、ペン入れしたあとの原稿用紙の鉛筆の線を消しゴムで消したりしていた。

また隣の部屋では4、5人の分身が一人づつ別々の話の案を練っていた。

そこに電話がかかってきた。

その電話に男はでた。

「ああ、担当さんですか。はい、順調に進んでますよ。ちゃんと締め切りには間に合いそうです。それより聞いてほしい話が一つあるんですけど」

その漫画家の担当だった男こそ次の、

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Novel Editor by BS CGI Rental
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