「ふう、やっと書き終えたよ加賀君」
「お疲れ様でした、先生。では早速拝見しますね」
「一応、社のパソコンの方にもメールに添付して送っといたね」
「そうですか」
「お茶を入れようと思うんだが君も飲むかね」
「すみません、ありがとうございます」
「ちょっと待っててくれ。そのままでいいからすこし話を聞いてくれないか?」
「わかりました、構いませんよ」
「今度ね、ちょっと推理物に挑戦してみようかと思うんだ」
「へえ、新しいジャンルに挑戦するおつもりなんですか」
「ああ、ワシももう年だ。今のうちに挑戦できるものには挑戦しときたいんだ」
「そんな、先生はまだまだ若いじゃないですか」
「ありがとう。でもね、自分でもわかっているんだ。それより話を続けよう」
「はい」
「まずね、ある人物が殺されるんだ」
「推理物の定番の展開ですね。そして探偵等が登場して推理をしながら話を進め、最後には犯人が捕まるんですよね」
「いや、この物語には探偵は登場しない。それに犯人も捕まらない」
「そうなんですか、じゃあ推理するのは刑事とか?でもそれなら犯人を捕まえますよね?」
「ふふ、ちょっとおもしろそうだろう。だがちょっと待ってな、お茶がいい具合にティーバッグから染み出してきたから飲むといい」
「はい、じゃあいただきますね」
「どうだね、美味しいかね?」
「レモンのような香りですね。味もなかなかいいです」
「そうか、気に入ってくれて何よりだ。次の作品についての話に戻そうか」
「はい」
「この事件はね、至極単純明快で分かりやすい事件なんだ」
「あのう、失礼ですがそれで読む人が面白いと思うんですか?」
「いや、面白いと思うよ。書き方によっては原稿用紙数枚で書けてしまうかもしれない。が、それでも完全犯罪といっても差し支えないかもしれない」
「そんな話ってあるんですか?」
「まずある人物が殺されるといっただろう、そしてその犯人も最後には死んでしまうんだ」
「最初の殺人の犯人以外にも殺人犯がいてそいつが裏で糸を引いてたとか?」
「いや登場するのは最初に殺された人物と、そいつを殺した殺人犯だけさ」
「そうなんですか。なんだか単純明快だと聞きましたがちょっと自分にはよくわからないです」
「簡単な話だよ」
「いや、難しいですよ。自分にはさっぱり想像もつきません」
「犯人はね、その人物を殺した後すぐに自殺したんだよ」
「へ?」
「死んでしまえば、法律で裁かれることもない。これは完全に自己完結した完全犯罪なのさ」
「なるほど、なかなか面白い話だとは思いますが本にするのはどうかと思いますね」
「正直なところ本にするつもりはないんだ。なんせ今実際に実行してる最中なんだから」
「……、悪い冗談ですね」
「冗談などではないさ。そのお茶にこの蜂蜜をたらしてこの様によく混ぜてごらん」
「あ!」
「色が緑から青に変わっただろう。これに含まれてる毒は蜂蜜に反応して変色するのさ」
「そんな、嘘だ、嘘だ、嘘だあ!」
「残念ながら現実だ。君とは長い付き合いだ、当然そのための恨みつらみもある」
「そんなの、そんなのお互い様じゃないですか!」
「だからね、フェアにいこうと思う。君が飲んだ毒は君を確実に死に至らしめるがまだ時間はある。君にチャンスをやろう」
「チャンスってどういう意味ですか?」
「君に僕を殺すチャンスをあげようというんだ。僕の思いつきだけで君が一方的に殺されるんじゃあまりにも可哀想だ。だからさ」
「……」
「台所の包丁でもいい、そこにある灰皿でもいい。好きなものを使って僕を殺すといい」
「……、くそおおお!」
――
彼は私を確実に殺すだろう。
私の罠にはまって。
彼のために用意したお茶はレモンバームと言うハーブのハーブティーだ。
蜂蜜を入れると確かに変色するが、それだけだ。
毒はない。
むしろ蜂蜜との組み合わせはなかなかいい味だ。
彼は逮捕されるだろう、私に対する殺人容疑で。
私が彼に話す話を同じように彼が警察に話したとしても警察は信じるだろうか?
彼が私を殺す動機は十分にある。
彼が突拍子もない嘘をついてると警察は思うだろ。
仮に彼の話が信用されたとしても、その話が本当だった状況では正当防衛は認められない。
彼は自分が私を殺しても自分が助からないことを分かっていたのだから。
これが私の完全犯罪だ
決行はもうすぐ、私の最後の原稿を書き上げた時だ。
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