それはまだ私がおさなくて、坊と呼ばれてた頃の話だ
「じいちゃん、川に遊びいってくるね」
「坊、ちゃんと眼鏡をせんか。お前は目が悪いんじゃから」
「いいよ、めんどくさい。だってかけてもかけなくても違いわからないよ」
「そんなこはない。ちゃんとかけてから出かけなさい」
「やだよーだ」
私はそういうと家の入り口の木戸を開けると駆け出していった。
「こらまたんか、ぼおー」
私はそんなじいちゃんに構わず川に向かった。
その頃の私にはじいちゃんには内緒の友達がいた。
初めて彼女を見たのは家から近くの川をさかのぼって言った場所でだった。
彼女は川でこちらに背を向けて水浴びをしていた。
白い素肌に腰の辺りまで伸びた長い黒い髪、そして物音に気づいてこちらを見たときの彼女の目は濃い黒目だった
それを見たとき私は彼女の美しさに感動した。
私は自分を鏡に映したときの緑色の髪、緑色の目と、じいちゃんの白い髪、黒目の小さな三白眼しか見たことはなかったからだ。
私が住んでいる星には人間は彼女が来るまで私を含めて二人しかいなかった。
父と母は私が物心つく前に病気で亡くなってしまい、それからはじいちゃんとの二人暮しだった。
彼女は自分がはじめて見るじいちゃん以外の人間だった。
「エレゴラー、来たよー、僕だよー」
私は大声で彼女に向かって叫んだ。
そうすると川沿いの林の茂みから彼女が現れた。
「よく来たね、待ってたよ」
そういって彼女は私を迎えてくれいつものように話をしはじめた。
私はその数日、そんな感じでいつも彼女とじいちゃんに隠れて会っていた。
エレゴラはいつもこの星についてや私の家族について質問してきた。
私はその質問に答え、その代わりに聞かせてくれるエレゴラの旅の話を聞くのが楽しみだった。
エレゴラは星間旅行者だった。
ここの星に立ち入る前にもあちこちの星に行ったらしい。
「エレゴラの髪と目は本当に綺麗だね」
「ふふ、この色の髪と目の組み合わせは宇宙ではめずらしくないよ。坊の髪と目の色の方がずっと綺麗だよ」
僕はエレゴラのセリフに照れた。
「坊っていわないでよ。僕はもうちゃんとした一人前だよ。本当だよ」
根拠はなかったが私は堂々と言った。
「じゃあ、君の事はなんて呼べばいいかな?」
「ドクターって言って」
私は即答した。
「ドクターってね物知りでね何でも知ってる人のことなんだよ」
「そっか、じゃあ今度からはドクターって呼ぼう」
そういって彼女は楽しそうに微笑んだ。
「あのさあ、エレゴラなんでじいちゃんにエレゴラのこと言っちゃだめなの?」
「うーん、おじいちゃんがよそ者の私をよく思わないかもしれないからだよ。だからお願いおじいちゃんには内緒にしておいて」
「うん、わかった。それからさあ、エレゴラには家族はいないのどうして一人で旅をしてるの?」
彼女の顔が一瞬凍りついてすぐまた柔和な顔に戻った。
「一言じゃいえないな。大人には色々あるんだよ」
「ふーん」
私はよくわからなかったが納得した。
そんな会話をしていると遠くからじいちゃんの声が聞こえた。
「ぼおー、どこーだー、ぼおー」
じいちゃんは私を探しにやってきたのだ。
「ごめん、見つかるとまずいから私そろそろ行くね。また明日会いに来て」
「うん、じゃあねー」
そういって私は足早に去っていく彼女を見送った。
それから少ししてじいちゃんがやって来た。
「坊、こんなところで何しておったのじゃ」
「川で石きりやって遊んでた」
私はじいちゃんに適当なうそをついてごまかした。
「……そうか、じゃあ家に帰るぞ。明日は眼鏡をちゃんとしていくんじゃぞ」
「あーい」
私はそう間延びした声で応答した。
次の日、いつものように私はエレゴラのところを訪れた。
「エレゴラーいるー?僕だよー出てきてー」
「後ろだよ」
そう声がして振り向くとエレゴラが後ろに立っていた。
冷たく冷静な感じの声で僕に語りかけてきた。
「坊に言わなくちゃならないことがあるんだ。」
「なあに?どうしたの?エレゴラ何かあったの?」
自分が坊と呼ばれたことを注意するのも忘れて私はエレゴラの心配をした。
「……」
エレゴラは黙っていた。
そこに何かが風を切って、ひとつの大きな音をたてエレゴラの近くの木に当たった。
「うごくなー、ちょっとでもおかしなまねをしたら今度は貴様の脳天を狙うぞ」
木に当たったのはじいちゃんが使う猟銃の弾だった。
それも散弾ではなく単発の威力の強い弾丸だった。
「ワシのかわいい孫をどうする気じゃこのよそっとめ」
じいちゃんは怒り心頭に発していた。
「やめて、じいちゃん。この人は僕の友達だよ。危ないことはよしてよ」
私は必死にじいちゃんをなだめようとした。
「貴様、星間旅行者じゃな。おとなしくこの場から立ち去れば危害は加えん。とっととこの星から出て行け」
だがじいちゃんの怒りはおさまる気配がなかった。
「10だけ待ってやろう。その間に消えろ」
じいちゃんわ数を数え始めた。
「しかたがないですね」
エレゴラがぽつりと言った。
「…、3、2、1」
その場に二発目の発砲音が鳴り響いた。
私は驚愕した。
倒れたのはエレゴラはではなくじいちゃんだった。
「こう見えてもクイックアンドドロウには自信があるんですよ」
エレゴラはそうつぶやいた。
「エレゴラ、なんで?なんで?何でじいちゃんを撃ったの!?」
「君を連れてくためだよ、坊」
エレゴラは今しがた人を撃ったとは思えないほど驚くほど冷静だった
「君の髪と目にはそれだけの価値がある。私はね、君を奴隷にするためにつれてくのさ」
「奴隷って何?何でじいちゃんを撃ったの?」
その当時私は奴隷という言葉の意味すら知らなかった。
後で気づいたのがエレゴラが色々と質問してきたのは他にもこの髪と目の色をした人間がいないか調べるためだったのだろう。
会ってすぐ連れ去らなかったのもそういうことだろう。
「子供の君にはわからない話だね」
エレゴラは苦笑していた。
「子供じゃ分からないなら何年かかっても大人になるよ、何年かけてでもエレゴラの言ってる事を分かれる人間になるよ。だからえれごら、じいちゃんを助けて!」
私は必死に訴えた。
「無理だよ。弾は急所に当たった。君のおじいちゃんはたすからな……」
その瞬間エレゴラの胸から血が噴出した。
続いて口からも血が流れ出した。
エレゴラはそれ以上しゃべることはなかった。
三発目の銃声から少し経ってエレゴラは死んだのだ
凄まじさに私はその場に力をなくし座り込んだ。
私は始めて死というものを実感した
「エレゴラ、エレゴラ、エレゴラ、エレゴラ…」
私は彼女の名前を何度も繰り返した。
その時機械的な音声が聞こえた。
「敵対人物の排除を確認。保護対象の声紋による生前を確認。敵対人物からの攻撃によるダメージを確認、記憶装置に多少の破損を確認。その他の動作オールグリーン」
その音声はかつてじいちゃんだったものだった。
そしてそれは今は私の乗ってる宇宙船のメインコンピューター、オルドレイとして働いている。
じいちゃんの体は生態ユニットを含む人間に近いアンドロイドだったのだ。
オルドレイは始めて目の当たりにした死におびえている私を丸太小屋へと連れ帰った。
そして温かいお茶を入れてくれて、ベッドに寄り添って私を寝かせつけてくれた。
次の日、私はエレゴラの墓標の前に居た。
前日のうちにオルドレイが埋葬してくれていたのだ。
これで私の旅立ちのきっかけになった話はひとまず終わりだ。
そして私はオルドレイから私の眼鏡についての秘密や私と暮らし始めたいきさつや今後どうするかについて話してくれた。
その話についてはまたの機会にはなそう。
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