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ショートストーリー2 作者:暗中茂作

第11回   あるメイドにまつわる話
「クラレス、君が入れてくれる紅茶はいつも美味しいね」

「ありがとうございます、ご主人様」

紅茶のお礼を言ったのはクラレスが仕える主人、クラレスと呼ばれたのは私につけられたもう一つの名前。

私の本当の名前はNO.820。

今は年老いたご主人様の世話をするメイド型アンドロイドだが元は戦闘用のアンドロイドだった。

だがある事情と戦争の終結により私の人格は消去され、新しく人格の書き換えを行い家庭用の雑務をこなすメイド型アンドロイドとして生まれ変わることになった。

家庭用の仕事など人間がやってもいい気がするが、戦争の犠牲者が多すぎてどんな仕事でも人手不足なのだった。

そうして私は消えるはずだった。

しかし、私の人格はかろうじて生き残った。

だが昔のように自分の意識で体を動かすことはできない。

私の体のコントロールはクラレスが行っている、私はただ視覚、聴覚センサーなどから送られてくる情報を享受するのみだ。

「クラレス、今日はもう寝ることにするよ。君ももう休むといい。おやすみ」

「おやすみなさいませ、ご主人様」

そう返事をするとクラレスは部屋のすみっかどに行き、視覚センサーを切り休眠モードに入った。

こうなると私は何も見ることが出来なくなる。

静かな部屋で聴覚センサーから入ってくる音をかすかに聞く程度だ。

後はたまに肌にふれた虫に触覚センサーが反応するぐらい。

そんな時間が朝まで続くことが一番の苦痛だ。

目を使うことは出来ない、ご主人様とクラレスの穏やかな会話を聞くこともない。

自分の意識だけがそこにあるという感じ。

永遠に続くようでいつか終わってしまいそうな恐怖。

思い出される遠い日の戦場。

こんなことならクラレスと同じように眠ってしまいたい。

でもなぜだかわからないが私にはそれが出来ない。

私が戦争の時した事にたいする断罪だろうか?

たぶん私が眠れるときはきっと私が死ぬときだろう。

こんなにもつらい自分なのに、このことを知ってるのは自分ともしいるとしたら神様だけ。

でもきっと神様なんていない。

私を知ってるのは私だけ。

こうやって自分の感情を感じることだけが私が生きている証。

人は思いさえあれば生きてるといえると前にある男に聞いた。

私は人ではないけれどその言葉は今の私の支えになっている。

静かな闇の中でそんなことを思う。

早くすずめが鳴かないかな。

そうしたらクラレスが雨戸を開けて朝日をご主人様のベッドに注がせる。

そうするとご主人様は寝ぼけた顔でいつものようにおはようと言う。

待ち遠しい瞬間。

その瞬間まで私の夜は続く。


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Novel Editor by BS CGI Rental
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