■ トップページ  ■ 目次  ■ 一覧 

ジェントリーとサーバント 作者:はちみつくまさん 藍

第9回   ◆藤と桂◆
今日から新学期だ。
学生寮並行と思っていたので、早めに目覚ましをセットしておいたのだが、それよりも早く目覚めてしまった。
そんなに眠ったわけではないのに、あまり眠くない。
今まで、あまり気にしたことはなかったが、なじみのベッドのほうが深く眠れるかもしれない・・・・・・。
家の中はひっそりしていて、まだ誰も目覚めていないようだった。
いや、そんなはずはないな。
キッチンメイドやハウスメイドの何人かは朝早くから起きて、いろいろと支度をしているはずである。
まあ、おじい様や僕らを起こさないように、気を使って静かにやっているのだろう。
僕は、大きな荷物を背負いながら、物音を立てないように館を出た。
さすがに十月ともなると朝の空気はひんやりと涼しい。
大荷物を持って寮まで行くわけだから、涼しいほうが好都合だ。
朝っぱらから汗ダクでは、紳士とはいえないからな。
「芹人様!」
背後から聞きなれた声が響く。
振り返ると、サーバント科の久留間藤が館の方から駆け寄ってくるところだった。
「藤・・・・・・」
「おはようございます、芹人様」
「藤、どうしたんだよ。こんな早い時間に・・・・・・」
「早くなんかないですよう、これが普通です」
藤はきっぱりと言い切った。念のために時計を確認してみるが、通学するにはまだ早すぎる時間帯だった。
「早いよ」
「お屋敷に団子を届けるときは、だいたいいつも、このくらいです」
「ああ、そういうことか・・・・・・」
藤の実家は速水家御用達の団子屋なのだ。おじい様が和菓子好きなこともあって、昔から白鷺間に出入りしている。
だから、僕と藤とは言ってみれば、幼なじみのようなものだ。
「実家のお手伝いをしていたんだね。ご苦労さま」
「いえいえ。お屋敷のメイドさんたちに比べたら、私なんてまだまだですよう」
藤は遠慮がちに手をふった。
同い年だから、ということもあって、子供の頃はよく一緒に遊んだものだ。
あの頃は対等だったのに・・・・・・。
今では階級的な自覚が出てしまったのだろうか、藤のほうが一歩引いてしまっていて少し淋しい気もする・・・・・・。
「あら?」
「ん?」
「芹人様、荷物をいっぱい持ってるんですねぇ。私、お持ちしますよ」
「い、いや、いいよ。一人で持てる」
「遠慮することないですよう」
「いや、遠慮じゃない。いいんだ、これは。大したものじゃないし」
「何なんですか?それ」
「ほら、僕休暇中は彩玉にいなかっただろ?」
「ああ、東京のお父様とお母様のところに」
「そうそう。だから、これ、みんなへの東京土産」
「へぇ〜ジェントリー科の皆様に?」
「それだけじゃないよ。他にもいろいろ」
「そうなんですか。でも、お持ちしますよ」
にこやかに手を差出す藤。
こうなると藤のヤツも結構、しつこい。
「い、いいって」
「持ちますよう!私もサーバント科の端くれなんですよ?」
「わかってるよ。でもさ、重いものを女の子に持たすわけにも。紳士を目指すものとしてどうかと・・・・・・」
「いいから、いいから」
藤は僕から荷物を取ろうとして――
盛大に・・・・・・・・転んだ。
「わひゃあ!」
「おわ!?」
僕と藤は、もつれるようなカタチで地面に向かって思いっきりもんどりうった。
・・・・・・。
「ったたた・・・・・・」
「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫。大丈夫だから、僕の上から早くのいてくれないか、藤」
「ご、ごめ・・・・・・あ、荷物が・・・・・・」
「ん?」
見ると、ひとつにまとまっていた荷物が周囲に散らばってしまっていた。
「ごめんなさいごめんなさい」
「ははは、そんなに慌てなくてもいいよ。手分けして拾おう」
「は、はい・・・・・・」
僕と藤は散らばってしまった荷物をひとつひとつ拾い集めていった。
「あ、これ・・・・・・」
僕は荷物を拾い集めているうちに、藤のために買ったお土産があることを思い出した。
「藤」
「はい?」
「これ、藤へのお土産。ほら」
「え、私に?いいんですか?」
「いいも何も、藤のために買ってきたんだよ。ほら」
僕は包みを藤に出した。
「・・・・・・はい」
藤はおずおずと包み紙を受け取った。
「中、見てもいいですか?」
「もちろん」
中身は道玄坂へ行った時に、店先でふと目に入ったワンピースだ。
特には出目のものではないが、藤ならこのくらい落ち着いたものが似合うだろうと思って買ってきたのだ。
「わぁ・・・・・・」
「かわいいだろ?こういうの、藤に似合うかなと思ってさ」
「駄目です」
「え?」
「私、こんな・・・・・・受け取れません・・・・・・」
「ど、どうして?」
「わ、私には、こんなもの・・・・・・勿体無くて・・・・・・その・・・・・・とにかく、もらえません」
遠慮するような間柄じゃないだろ、といおうと思って踏みとどまった。
藤にとって、きっと僕はもう、遠慮するような相手なのだ。
「いいんだよ。藤には桜美も何かとお世話になってるわけだし」
これは本当だ。サーバント科の先輩として、藤は本当に行よく桜美の世話をしてくれていると、桜美本人からも聞いている。
「私、別に物が欲しくて、お嬢様のお世話をしていたわけじゃありませんから」
藤は、耳まで真っ赤にしたまま、ペコリとお辞儀をすると、そそくさと行ってしまった。
「あ・・・・・・、行っちゃった」
藤は照れ屋なところがあるし、遠慮がちだから受け取れないというのもわかるけど・・・・・・。
でも、最後の一言は、幼なじみとしては、ちょっと淋しかったな・・・・・・。
「・・・・・・振られましたね」
「おわ!」
背後からの声にびっくりして振り向くと、鈴原桂が立っていた。
「・・・・・・まったく。朝っぱらから何をやってるんですか、先輩」
「み、見てたのか、桂・・・・・・」
「こんな往来の真ん中でやりとりしていれば、見たくなくても目に入ってしまいますよ」
桂はあきれたように肩をすくめた。
桂は、ジェントリー科で僕と同じクラスに通う同級生だ。
同級生とはいっても、実は桂の方が年齢的にはひとつ下。所謂『飛び級』というやつである。
だから、桂は僕のことを『先輩』と呼ぶのだが、同級生から先輩と呼ばれるのも何
となくこそばゆい気がした。
「お前、実家に戻ってたんじゃないのか?」
「何言ってるんですか。今日から新学期じゃないですか。昨日から戻ってますよ」
「でも、館にいなかったろ?」
桂も普段は寮で生活しているが、週末や休暇は、僕と同じ白鷺館で生活している。
桂の実家は遠いので、鈴原卿とおじい様が友人だということもあり、白鷺館で預かっているのだ。
「昨日はいろいろ準備があったんで、寮にいたんですよ」
「顔くらい出せよな・・・・・・」
「だから、今、こうやってお屋敷に向かってるんじゃないですか」
桂は、そんなこともわからないんですか、とでも言わんばかりに嘆息した。
「まあ、いいや。桂、ちょっと手伝ってくれ」
「はいはい。この散乱した荷物を拾えばいいんでしょ」
「ああ、頼む」
「まったく、先輩は・・・・・・」
桂は、ブツブツ言いながらも、大量のお土産を拾うのを手伝ってくれた。やることはキッチリとやるところがこいつの長所だ。
「でさ、悪いんだけど・・・・・・」
「今度は何ですか?」
「この荷物、寮まで運ぶの、手伝ってくれないか?」
「え?でも、僕はこれから速水の大旦那様に挨拶をしようと・・・・・・」
「頼む。人助けだと思って・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「あ、そうそう。これ、桂の分のお土産な」
僕は桂のために買ってきたお土産を手渡した。
「まったく・・・・・・。物で懐柔たって、そうはいきませんよ」
「人聞きの悪いこと言うなよ。その土産は、もともとお前のために買ってきたものだってば・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「な、頼むよ。おじい様もまだ寝てるって」
「・・・・・・はぁ。仕方ないですねぇ。持ちます」
桂は、ため息をつきながらも、僕の荷物を拾い集めてくれた。
「寮までもって行けばいいんですよね?」
「あはは、悪いな」
「本当に悪いと思っているなら、態度で示してくださいよ・・・・・・」
僕は聞こえないふりをしつつ、荷物の半分を持って学生寮へ向かった。

← 前の回  次の回 → ■ 目次

Novel Editor by BS CGI Rental
Novel Collections