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ジェントリーとサーバント 作者:はちみつくまさん 藍

第8回   ◆メイド法◆
さて、そろそろ寝ないと明日に差し支えてしまうな――
こんなことを考えながら部屋の前に戻ると、蓮奈さんと出くわした。
「あら、芹人様。どうしたんですか、こんな時間に・・・・・・」
「え?ああ、ちょっと夜風にあたってたんだよ。蓮奈さんこそ、どうしたの?こんな時間にさ」
「私は夜の見回りですよ、夜の」
「ああ、お勤めね」
「何だと思ったんです?」
「いやぁ、てっきり夜伽に来てくれたのかと。ははは」
「あら・・・・・・」
蓮奈さんはきょとんとした表情で口元を手で押さえた。
「・・・・・・お望みとあらば、お相手いたしましょうか?」
「へ?」
「では、お部屋へ参りましょう・・・・・・」
「な、何言ってるんだよ。じょ、冗談はやめてくださいよ」
「冗談ではありませんわ。メイドたる者、ご主人様の夜のお相手をするのもお役目でございますものね・・・・・・」
蓮奈さんの体が僕にゆっくりと近づいてきた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。え、A級メイドの蓮奈さんともあろう人が、『メイド法』を忘れちゃ・・・・・・こ、困るよ」
「メイド法を忘れたわけではありません・・・・・・。今、ここで十ヶ条を暗唱することだってできます」
「い、言ってみてよ」
「ふふ、いいですわ」
「ひとつ、メイドは雇用主の規定する住居に住まなければならない」
蓮奈さんは言いながら、綺麗な指で僕の頬をなでた。
「ひとつ、メイドはその労働の対価としての給金について、雇用主と交渉する権利がある」
言っていることは真面目だが、情熱的な瞳で僕を見つめてくる。
僕は、その瞳に囚われ、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまっていた。
「ひとつ、メイドは雇用主の許可或は男爵以上のある者の陳述書無しに、その雇用関係を破棄する事ができない」
蓮奈さんの囁く声が僕の耳から聞こえてくる。吐息が耳元にあたって、くすぐったい。
もう、逃げられない・・・・・・。
「ひとつ、メイドは雇用関係の契約において、雇用主を選択する自由を持つ」
「ひとつ、メイドは職務中、雇用主の規定する制服を着用しなければならない」
「私の服、似合ってますか?」
「う、うん・・・・・・」
「ひとつ、メイドは雇用契約上の業務とみなされる事項において、雇用主の命令をきかなくてはならない」
「どんな命令でもききますよ。ふふ」
「い、いまお願いしたいことは特にないなぁ」
「ひとつ、メイドは雇用主の前で、着替えをしたり脱衣をしたりしてはならない」
「芹人様は、着たままがいいんですよね?」
「い、いや〜、はは。どうかなぁ?」
「ひとつ、メイドは雇用主と同じ食卓についてはならない」
「ま、まあ、そうだよね・・・・・・」
「ひとつ、メイドは雇用主及びその家人と、結婚してはならない」
「まあ、結婚だけが愛のカタチではないものですねぇ・・・・・・」
「そうだけどさ」
「ひとつ、メイドは雇用主と性的交渉を持ってはならない。また、雇用主はこれを要求してはならない」
「ほ、ほら。それ、それ。メイド法、あるでしょ。そういう決まりが」
「・・・・・・まあ、つれないですね。でも、大・丈・夫♪」
「な、なにが?」
「だって、私の雇用主は芹人様ではなく、芹人様のおじい様ですもの。そうでしょう?だ・か・ら・・・・・・」
「ノープロブレム・・・・・・」
「そ、そういう問題じゃない〜!悪い冗談はやめてよ、蓮奈さん〜」
[はい]
すっと蓮奈さんの身体が僕から離れた。
「あれ?」
「やめました。悪い冗談は」
「あ、ああ。そう・・・・・・。冗談・・・・・・。そうだよね、はは」
やっぱり冗談か・・・・・・。僕はなんとなく残念なような気分になってしまった。いけないいけない、紳士を目指す者がこんなことでは・・・・・・。
「ええ、冗談ですよ。ドキドキしちゃいました?」
「ぶ、ぶっちゃけドキドキした・・・・・・」
「ふふふ、可愛いですね・・・・・・」
「もう、からかわないでよ・・・・・・」
「あはは。すみません。私も芹人様がいなくて一ヶ月暇だったもので、つい・・・・・・」
「あのねぇ・・・・・・」
「明日から学校なんですから、あまり夜更かししなさらないでくださいね」
「う、うん・・・・・・」
「では、失礼します」
蓮奈さんは悪びれもせず、ペコリとお辞儀をすると、また夜の見回りに行ってしまった。
僕は、耳まで赤くなっているような気がして、駆け込むように自室に入った。
部屋に入り扉を閉めるなり、僕は『はぁ〜』 と深いため息をついた。
まだ心臓がバクバクしてるよ・・・・・・。
「は、はは。蓮奈さんでもあんなジョークを言うことがあるんだ・・・・・・」
なんだか、どっと疲れてしまった。
「今日は早く寝よう――」

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Novel Editor by BS CGI Rental
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