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ジェントリーとサーバント 作者:はちみつくまさん 藍

第7回   ◆桜美の希望◆
食事を終えた僕は、ベッドに横たわって、この一ヶ月のこと、父上とおじい様のこと、それに桜美のことなどを考えていた。
明日から新学期だから、早めに寝なければいけないのに、いろんな考えが浮かんでは消えていき、目がさえてしまう。
「明日の支度もしないと・・・・・・」
それにしても、休暇のために寮から持ち帰った荷物や、皆のために買った東京土産などをあわせると、荷物の量も結構なものになる。
明日は登校前に一旦、学生寮に寄って、荷物を置いてから、あらためて登校したほうが早いかもしれないなぁ・・・・・・。
そのあたりのことは本格的に眠くなる前に、済ませておいたほうがいいのかも知れない。
「その前にトイレ・・・・・・」
「ふう、スッキリした・・・・・・」
白鷺館のトイレは手入れも行き届いており、清潔だが、それでも古臭い感じは否めない。
それに比べて東京の両親の家のトイレは、人間工学に基いて設計された最新式のトイレだった。

・・・・・・にも拘わらず、トイレですから、白鷺館のものの方が使い心地がいいような気がしてくるから、不思議だ。
よっぽど、あそこは僕にとって居心地が悪い場所だったに違いない。
「ん?」
そんなことを考えていると、厨房の方から物音がすることに気付いた。
「なんだろう、こんな時間に・・・・・・」
「あ・・・・・・お兄ちゃん」
「桜美か・・・・・・」
厨房に入ると、桜美がぽつんと一人で座っていた。食事をしているようだ。
「こんな時間に一人で何やってるんだ?」
「え?うん。やっとボク仕事が終わったからね、遅めの夕食」
「夕食?今?」
他のメイドたちもすでに眠っている時間だと思うのだが・・・・・・。
まさか、いじめられてるんじゃないだろうな?
「あはは。ボク、仕事に慣れなくて遅くなっちゃったから・・・・・・」
「こんな時間まで仕事したのか」
「うん。蓮奈さんで切り上げて明日にしてもいいって言ってくれたんだけど、それじゃ、納得できなかったし」
「そうか・・・・・・」不器用なりに頑張っている桜美の姿を見たら、なんだかいたたまれない気持ちになってしまった。
「お茶、淹れるよ」
「あ、お茶が飲みたいんだね。ボクがやるから、お兄ちゃんは座っててよ」
「いや、お前はメシ食ってろ。淹れてやるから」
「そういうわけにはいかないよぉ」
「気にすんなって。僕が飲みたいだけなんだ。お前に淹れてやるのはついでだ。そういうことにしといてくれ、な?」
「う、うん・・・・・・わかった・・・・・・」
僕は、桜美の好きな茶葉をセレクトして、お茶を淹れる。
使用人たちには悪いが、僕にもお茶の淹れ方にはこだわりがある。これも英国紳士を目指すものとしてのたしなみみたいなものだ。
「うわ・・・・・・。お兄ちゃん、ちゃんとポットを暖めるんだね・・・・・・」
「こうしないと熱湯がすぐ冷めてしまうからね。緑茶と違って紅茶は高い温度じゃないと美味しく出ないから・・・・・・」
「ふふ・・・・・・」
「なんだよ・・・・・・」
「なんだか、お兄ちゃん、メイドさんみたいだなぁ・・・・・・って思って」
「じゃ、今だけは僕が桜美のメイドだ」
「えー、駄目だよぉ。ボクがお兄ちゃんのメイドなんだからぁ」
「はは、今だけ、今だけ」
「ぶう・・・・・・」
「ほら、淹れたぞ」
僕はティーカップにお茶を注ぎ、桜美に差し出した。
桜美はフーフーしながら、カップに唇を近づける。
「熱いからな。注意しろよ・・・・・・」
「わ、僕が淹れるより全然美味し・・・・・・」
「そーか?まあ、桜美の好みにあわせて淹れたからな」
「うう、美味しいよぉ・・・・・・」
「大袈裟なヤツだなぁ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
気がつくと桜美は、肩を震わせて泣いていた。
「おいおい、泣くヤツがあるか」
「あ、ごめん。そんなつもりじゃ・・・・・・美味しかったから、つい・・・・・・」
桜美は慌ててごまかしたように涙を拭き、微笑んだ。
「何でも・・・・・・ないんだよ」
「つらいのか?」
この一ヶ月間、桜美にとっていろいろと辛いことがあったのかもしれない。
ミセス・ヨーコも蓮奈さんも、いい人だけど厳しいからな。それに比べたら、桜美はまだまだ甘えん坊だし・・・・・・。
「ううん。お兄ちゃんが帰ってきたんだなぁって思ったら、嬉
しくて・・・・・・なんか、涙出てきちゃった。
「つらいことがあったら、いつでも僕に言えよ。な?」
「うん、ありがとう。頑張る」
「じゃ、僕はもう行くよ。こんなところで一緒にいるのを見られたら、ミセス・ヨーコに怒られちゃうかもしれないし」
「そだね」
「じゃ、しっかり食って、よく寝ろよ」
僕は一回だけ桜美の頭を撫で、厨房を立ち去ろうとした。
「あ、お兄ちゃん・・・・・・」
「ん?」
「ありがと・・・・・・」
なんとなくすぐに部屋に戻る気分ではなかったので、僕は夜風に当たるためにテラスへとでた。
十月の風は涼しくて、部屋着では少々、肌寒いくらいだった。
見上げると、頭上には満天の夜空が広がっていた。見ていると吸い込まれそうになる。
「はは、相変わらずすごいなぁ・・・・・・」
東京市で夜空を見上げてもここまでの空を拝むことはできないだろう。
そういえば、桜美が初めて館にやってきた日の夜もこんな夜空だったっけ・・・・・・。
桜美――
今まで僕は妹を子供扱いすぎていたのかもしれない。
桜美は桜美の夢のために頑張っているのだ。
僕も僕の目標のために、精進していかないといけないな・・・・・・。
――ヒュウウゥ・・・・・・
「ちょっと寒いな・・・・・・」
こんな格好でテラスにいたら、新学期早々、風邪をひいてしまう。
僕はもう一度だけ星空を眺めると、部屋に戻ることにした。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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