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ジェントリーとサーバント 作者:はちみつくまさん 藍

第6回   ◆食事だよ!◆
おじい様の部屋を出た僕は、夕食ができるまでのしばらくの間、自室でのんびりすることに決めた。
ミセス・ヨーコの話では、桂のやつは帰省先からまだ帰ってきていないらしい。
桂というのは、僕のクラスメイトの名前だ。
おじい様の旧友の子息だが自宅が遠いので、速水家に部屋を用意して、好きなときにステイできるようにしている。
僕と同様、普段は学生寮で生活し、週末や長期休暇には自宅に戻るといった具合だ。
特にすることもなかったので、ベッドに横たわって物思いに耽ることにした。
「はは。久しぶりの自分のベッドだ・・・・・・」
やはり両親の家にあったベッドよりは、使い慣れた分、リラックスできる。
僕たちの通う林海学園は全寮制なので、学園が始まってしまえば、しばらくは寮のベッドで眠ることになる。
寮のベッドも嫌いではなかったが、どちらかというとこっちのベッドのほうが好きだった。
どこがどう、と説明することはできないけれど・・・・・・。
――コンコン
ベッドにごろりと横になって天井を眺めていると、扉をノックする音が聞こえてきた。
桂が帰ってきたのだろうか?
「はい・・・・・・」
――カチャ
「やっほー、お兄ちゃん」
「なんだ、桜美か・・・・・・」
「なんだはないでしょう〜。せっかく、ご飯ができたよ〜って教えに来てあげたのに」
「食事の準備ができたことを知らせるのは、メイドとして当然の行為じゃないか」
「それはそうだけどぉ〜」
僕の妹――速水桜美。
妹、とはいうものの僕と血が繋がっているわけではない。いつの頃だったか、おじい様が連れてきたのだ。
以後、桜美は速水家の正式な養女として迎えられ、僕の妹となった。
「そんな風に口を尖らせていると、立派なメイドになれないぞ」
「いいもん。ボクがサーバント科に入ったのは、お兄ちゃんのメイドになるためだもん。立派なメイドになるためじゃないもん」
「おまえなぁ・・・・・・。どっちにしても、メイドになるためには正式な資格が必要になるんだぞ。そんな低い志でどうする」
「志は高いようぉ・・・・・・」
そうなのだ。
桜美は養女とはいえ名門・速水家の息女なのだ
だから、ジェントリー科に入学することもできたはずなのに、彼女はこの春からサーバント科に通い始めた。
使用人を育成する林海学園のサーバント科は、受験にさえ合格すれば家柄に関係なく入学することが可能だ。
ジェントルマンズジェントルマンという言葉があるように、昔から、本国においても家柄の良いものが使用人として働くことはよくある。
我らが白鷺館のメイド長である蓮奈さんも、確か元々は良家の出身のはずだ。
だから、桜美がメイドを目指すこと自体は、珍しいことでもなんでもない。
でも――
「・・・・・・・・・・・・・・・」
桜美は・・・・・・。
「な、何よぉ。じっとボクの顔なんか見ちゃって・・・・・・。あー、さてはボクに惚れたなぁ」
「まぁ、ボクの大人の魅力を持ってすれば、お兄ちゃんが僕にクラクラになっちゃうのもわかるけどぉ・・・・・・」
「だけど、お兄ちゃんと僕は兄妹だし、それにボクはメイドを目指してるから、メイド法もあるし・・・・・・」
「そ、その、お兄ちゃんの気持ちは嬉しいんだよ」
「・・・・・・ってなによぉ。その、このアホな子の対応をいったいどうしたものかって悩んでるような顔は」
「おのアホな子の対応をいったいどうしたものかって悩んでるんだよ」
「むぅー!」
桜美は口を尖らせながらも、こんなやり取りが嬉しいのか、その目は笑っていた。
「それより食事だろ。行く行く」
「早くお願いしますよ。お坊ちゃま」
「・・・・・・調子に乗るなよ」
「えへへ」
「なあ、桜美」
「え?」
「僕がいない一ヶ月、つらくなかったか?」
「え?」
「淋しくなかったか?」
「そ、そりゃあ、淋しかったけど・・・・・・。でも、蓮奈さんたちの手伝いをしてるといい勉強になるし、集中できた・・・・・・と思う」
「そうか。まあ、お前はまだ正式なメイドじゃないんだし、速水家の御子息女様なんだ。だから、あまり無理すんなよ」
「無理なんてしてません〜」
「はは・・・・・・」
僕は桜美の頭をクシャっと撫でた。
「ふゃあ!駄目だよ。アタマがグシャグシャになっちゃうよ」
そう言いながらも、桜美はまったく避けようとせずに、撫でられたままになっている。
「はは。悪かったな。じゃ、食堂に行こう」
「うん」
食堂に入るとすでに晩餐のしたくは整っていた。
「遅かったな」
「ああ、すみません。ちょっと、いろいろと支度に手間取ってしまって・・・・・・」
自分のいすに座ろうとして、僕はちょっとした異変に気付いた。
「あれ?」
「どうかしたか?」
テーブルには、二人分の食事しか用意されていない。僕の分とおじい様の分、なのだろうか?
「二人分しかないんだけど・・・・・・」
「桂様は現在、ご実家に戻られていますので、今日は二人分だけでございます・・・・・・」
「いや、桂の分じゃなくて、桜美の・・・・・・」
言いかけて僕は目を丸くした。
「じゃ、それはこっちにお願いね」
「はい」
桜美が食事の時間までもメイドたちに交じって、給仕の真似事をしているのだ。
皿を運ぶ足取りがヨタヨタとぎこちない。
「どういうこと?」
「・・・・・・と申しますと?」
「桜美は養女とはいえ、正式な速水家の人間ではありませんか」
「え?」
「それなのに、なんであんなことしているんですか?あれじゃまるで召し使いじゃないか」
「ああ。そういえば、決めたのは芹人様が東京へ行かれてからでしたか」
「え?」
「芹人。あれは桜美が自ら望んだことなのだよ」
「・・・・・・桜美が?」
「はい。桜美さんはメイドを目指してサーバント科へ通う身でございます」
「メイドサーバントを目指しつつ館では『お嬢様』では、他のメイドたちに示しがつかないと・・・・・・」
「桜美が行ったのか?」
「ええ。ですから、この夏期休暇中から速水家でも桜美さんをメイドと同等に扱うことにしたのです」
「そんな・・・・・・。それじゃ、あんまり・・・・・・」
桜美が可哀想だ。
「・・・・・・決まったことですから」
「おじい様、納得できません。どういうことですか、これは」
「芹人。一個の人間が決心したことに、口をはさむものではない・・・・・・」
「ですが・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
おじい様は、静かに首を横に振った。
僕が納得しかねる表情をしていると、蓮奈さんが近寄ってきた。
「芹人様・・・・・・」
「蓮奈さん」
蓮奈さんはそっと僕に近づき微笑むと、耳打ちするように囁いた。
「心配しなくても大丈夫ですよ、芹人様。桜美さんのことは、ちゃんと私が見てますから」
「・・・・・・・・・」
「無理はさせません。ですから、ここは納得してお食事を召し上がってください」
「・・・・・・うん。わかったよ」
「では、失礼します」
蓮奈さんはお辞儀をすると、自分の持ち場へ戻っていった。
「事後承諾になってしまったのは、申しわけありません。ですが、ご了承ください」
「ああ、わかった。食事をいただくとするよ。おじい様、いただきましょう」
「うむ」
僕は完全に納得したわけではなかったけど、蓮奈さんの手前、ここは引き下がることにした。
「いただきます」
学園はともかく、自宅であるはずの白鷺館ですら、もう桜美と食卓を並べることはできないのか。
昔から一緒だったのに・・・・・・。
桜美、これがお前の目指した道なのか?これでいいのか?
僕は釈然としないものを感じながら、夕食に手をつけた。
僕の気持ちとは関係なく、谷部の作った料理はとても美味しかった。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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