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ジェントリーとサーバント 作者:はちみつくまさん 藍

第3回   ◆吾が妹よ◆
一ヶ月ぶりの彩玉。
相変わらずステーションは、一人でごった返している。
それでも行き交う人々が東京より安らいでいるように見えるのは、きっと僕の偏見だろう。
「あ、お兄ちゃんだ!」
列車からホームに降りると、すぐに妹の声が聞こえてきた。
息急きは知って近づいてくる姿が目を閉じていても思い浮かぶくらいだ。
僕の想像と寸分たがわぬ姿で桜美は僕に近づいてきた。
「お帰りなさい、お兄ちゃん!」
「ただいま、桜美」
子供の頃の桜美なら、迷わず僕に飛び付いてきただろう。
今の彼女があれからどのくらい成長したのか、なんてわからない。デモ。、多少の自制心は身につけたようだった。
「荷物がいっぱいなんだ。桜美、どれかひとつ、持ってくれないか?」
「うん!」
桜美は待ってましたとばかりに、僕の手荷物をひとつ受け取ると『うんしょ』と、持ち上げた。
「そっちは重いだろ。こっちの荷物でいいよ」
「だ、大丈夫だもん・・・・・・」
全然、大丈夫そうには見えない・・・・・・。
しかし、ここで無理矢理荷物を取り替えてしまったら、桜美の機嫌を損ねてしまうしまうのは明白だった。
「まあ、車までなら桜美でも持てるか・・・・・・」
「う、うん・・・・・・」
桜美と一緒に改札に向かって歩いていくと、よく見知った顔が出迎えに来ていた。
「蓮奈さん、おそいよぉ」
「桜美さん、車の中であれほど走っていかないって約束したのに・・・・・・」
「ああ、そでした・・・・・・スミマセン」
「芹人様、お帰りなさいませ。下に車を待たせてあります」
彼女は、僕たちが暮らす白鷺館でメイド長を担当している馴実蓮奈さん。
蓮奈さんは、若いけれども我が速水家の使用人の中でも、結構、昔から館に仕えている女性だ。
僕たち兄妹は、子供の頃からずいぶんと世話になっている。
「さ、お荷物をお預かりしますよ。芹人様」
「いいよ。自分で持てる。それに桜美にも一つ持ってもらってるし・・・・・・」
「そうは参りません」
蓮奈さんはそう言うと、僕から荷物を一つ取り上げた。
瞬間、彼女の指先が僕の手に触れる。ひんやりとした感触に僕は少し気を取られてしまった。
もう少し、上流階級(ジェントリ―)としての自覚をもってくださいませ」
「で、でも、紳士なら女性に持たせるわけにはいかないだろ?」
「屁理屈言わないの。そんなことを言っちゃったら、すべてのメイドはおまんま食いあげだよ、お兄ちゃん」
「そういうことですわ」
それもそうか・・・・・・。
「ありがとう。蓮奈さん」
僕は素直に従うことにした。
「さ、参りましょう。岩崎さんが待っておられますよ」
岩崎というのは、うちの執事の名前だ。執事でありながら、事実上、彼が運転手を兼任している。
「うん。早く館に帰りたいよ」
「東京はどうでしたか?」
「う―ん、やっぱり僕には彩玉の水があってるよ・・・・・・」
「お父様とお母様は元気だった?」
「あの人たちは、相変わらずピンピンしてるよ 。たぶん、殺したって死にゃしない」
「まあ・・・・・・」
「おにいちゃん、口悪〜い」
僕は肩をすくめると、二人を促してステーションの外へ向かった。
ステーションを出てロータリーに向かうと、見慣れた車が一台停車していて、岩崎が直立不動の姿勢で待っていた。
「ただいま、岩崎」
「お帰りなさいませ。お坊ちゃま」
「オボッチャマはやめてくれよ。子供じゃないんだからさ」
「ほっほっほ、失礼いたしました。ついつい、昔のクセで。お帰りなさいませ、芹人様」
岩崎が執事としておじい様に仕えて何年くらいになるか、僕は詳しく知らない。
聞いた話によれば、元々は単に運転手として白鷺館で働き始めたのだそうだ。
そこから執事にまで上り詰めたのだから、使用人としては結構『やり手』だ。
おじい様からの信頼も厚く、人生経験も豊富なので、僕たちも何かと頼りにしている。
休日はよく車の手入れをしているし、時折、おじい様の許可を得てドライブに出かけていることもあるようだ。
だから、執事のみでありながら、未だに運転集を兼任しているのは本人の趣味だという噂もある。
「ささ、旦那様が首を長くして、芹人様の帰りを待ちわびてらっしゃいますよ」
「そうだよ。おじい様の首、もうロクロっ首みたいなんだから!」
「そんなわけないだろ」
「岩崎が促すと、蓮奈さんが後部座席のドアを開いた。
「どうぞ」
「ああ、うん」
僕は促されるままに、車に乗り込む。桜美は、僕の荷物をトランクへ入れると、そそくさと僕の隣に乗り込んできた。
「では、参りましょう・・・・・・」
岩崎は蓮奈さんが助手席に座り、シ―トベルトをしたのを確認すると、車を発進させた。
僕たちの住む彩玉は、印度や香港と並ぶ亜細亜の代表的な英国の領地だ。
もう半世紀以上も昔の戦争の結果、にほんからえいこくに譲渡されたらしい。
同じ民族が暮らしているけれども、米国の影響下にある東京市とは、かなり雰囲気が違う。
僕はどちらかというと、雑然とした東京よりも、彩玉の空気が好きだった。
「若旦那様とお嬢様はお元気であらせられましたか?」
ハンドルを切りながら、岩崎が聞いてきた。
若旦那様というのは父上のことだろう。僕はこの一ヶ月、一緒に過ごしきた父上の顔を思い出した。
「うん、まあ・・・・・・元気だったよ」
「お兄ちゃん、お父様の話になるとすぐ怖い顔するね・・・・・・」
「そ、そうかな?」
「うん。おでこにこわ〜い皺がよってるよ」
「そ、そんなことないだろ」
僕は慌てて眉と眉の間をさわって確認してみた。確かに眉間に皺をよせている。
「ふふ・・・・・・。桜美さん、あんまりそういうことは突っ込まないであげたほうがいいですよ」
「むう・・・・・・」
思っていることが出てしまうなんて、僕もまだまだ紳士とは言えないみたいだ。
事実、僕は父上のことがあまり好きではない。
父上は上流階級の出ではなく、東京の商家の出身で、才能と野心とをおじい様に認められ速水家の婿となった人物である。
母上の家柄に物怖じすることなく、立派に、速見の婿養子としての職務を果たしている、というのが世間一般の評価だ。
しかし、僕はあの人の打算的な性格が嫌いだった。
うまく言葉に表すことはできないのだが、父上の言動は『紳士的』ではないように思えるのだ。
なぜおじい様が父上のもとで勉強してこい、と言ったのか、未だに理解できないでいた。
おじい様にはおじい様の考えがあるのだろうけれど・・・・・・。
「ねえねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
僕が考え事をしていると桜美が顔を近づけてきた。
「東京の女の子って、どんな格好をしてた?」
「え?」
「こないだ電話で道玄坂行くとか言ってたでしょ?ファッションチェックして着てっていったじゃない!」
確かに言われた気もする。でも―。
「あのな、桜美」
「うん」
「東京にメイドなんて、あまりいないんだよ」
「え?そうなの?」
「そりゃ、いる床に入るんだろうけれど。彩玉ほど英国文化が浸透しているわけじゃないからね」
「え―、そうなんだぁ。ガッカリ・・・・・・。じゃあねぇ・・・・・・」
「こら、由美さん。芹人様は長旅で疲れてるんだから、ほどほどにしなさい」
「はぁい」
「はは、蓮奈さん。いいんだよ。休暇中はほとんど桜美に構ってやれなかったんだから、これくらいは・・・・・・」
「ホント?」
「ああ」
「やったぁ。それじゃ、東京でのこと、もっとお話して!」
「芹人様、優しいだけが紳士じゃないんですよ」
「わかってるよ、蓮奈さん。どうせ、もうすぐ屋敷に到着するんだ。それまでは桜美の兄に徹するよ」
「わぁい♪」
「しょうがないですね」
蓮奈さんは肩をすくめると正門に向き直った。
「ほほほ、Miis蓮奈。芹人様に一本取られましたな」
岩崎はバックミラ―越しに片目を瞑ってみせると、さらにアクセルを噴かした。

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Novel Editor by BS CGI Rental
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