――キーンコーンカーンコーン 「起立!礼!」 「よろしくお願いします!」 「着席!」 二限目からはどおり授業が始まった。木曜の二限は美術だ。 「じゃ、新学期の最初は人物スケッチをやってもらおう」 「いつもは諸君に順番にモデルになってもらって、クロッキーをしているが・・・・・・今日は、時間をかけてじっくりスッケチしてみなさい」 「じゃあ、モデルになった人は、スッケチできないんですか?」 「そう言うと思ってな、今日は特別にモデルをお願いしたんだ。馴実先生、入ってきてください」 「はい」 蓮奈さんは特別講師として学園にいることも多いため、学内でもしばしば会う。 なぬ? 「失礼します」 教室に入ってきたのは蓮奈さんだった。 しかし、彼女が受け持っているのはサーバント科だ。だから、授業中に蓮奈さんの姿を見るなんてこと自体、珍しいことだった。 「蓮奈さ・・・・・・あ、いや、馴実先生・・・・・・」 「こんにちは」 「知っている者もいると思うが、サーバント科で特別講師をしてくれている馴実蓮奈先生だ」 「よろしくお願いします」 「この時間は空き時間だということだったので、モデルをお願いしたというわけだ」 「スカウトされちゃいました」 「おいおい、裸婦スケッチかな?」 近くにいた目黒が声をひそめて聞いてきた。 「そんなわけないだろ・・・・・・」 「皆さん、綺麗に描いてくださいね」 蓮奈さんは、僕の姿を見つけると軽くウインクした。 「それでは、馴実先生、そこへ腰掛けてください」 「はい」 「では、皆さん、描き始めてください」 先生は、合図を示すかのようにと手を叩いた。 スケッチの間、教室はシンと静まり返っていた。 流石は紳士の育成のための学園、無駄話する人間はいない。 僕は黙々とスケッチブックに向かって、自分の目に映る蓮奈さんの姿をアウトプットしていた。 絵はそれほど得意ではないが、絵を描くこと自体は嫌いではない。 僕は蓮奈さんを見つめた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 蓮奈さんはまるで彫刻のように一点を見つめて静止していた。 かすかに上下する胸と彼女の息づかいだけが、彫刻ではないということを気付かせてくれる唯一の証だ。 僕は、まるで、この場所に僕と蓮奈さんしかいないような錯覚に陥り、慌ててスッケチブックに目を落とした。 ・・・・・・ ・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・ 「はい、ではそこまで・・・・・・」 気がつくと、時間はだいぶ経過していた。 僕のスッケチブックの蓮奈さんの絵は、一応、全身を描けてはいるものの、まだ細部の仕上げが終わってはいないような感じだ。 もうちょっと時間があればな・・・・・・。 でも時間は時間だ。しょうがない。僕は、鉛筆を置いた。 「どれどれ、お前のはどんな感じだ?」 突然、目黒のヤツが僕のスケッチブックを覗き込んできた。 「なるほどねぇ、ふむふむ・・・・・・」 僕の絵を見ながらしきりに頷いている。 「なんだよ・・・・・・人の絵なんてどうでもいいだろ?」 「いいじゃないの。周囲の能力を見極め、自分の位置を再確認するのが一流の紳士だからな」 「わけわかんないこと言うな」 「どれどれ、桂の絵はどうかな?」 目黒は、今度は桂の方に目をむけ、するりと桂のスケッチブックを奪った。 成績優秀、スポーツも割とこなし、女の子にも人気の高い桂である。絵の方もさぞかし上手いのだろう。 「な、何をするんですか」 桂が慌てて立ち上がる。 「こ、これは・・・・・・!?」 「ん?」 「は、速水、これを見てくれ」 目黒は僕にスケッチブックを手渡した。 「どれ・・・・・・」 「勝手に人のものを見ないでください!」 桂が迫ってきたが、時すでに遅し。僕は桂のスケッチブックを開いてしまった。 そして、信じられないものを見た―― 「うわ・・・・・・」 およそ、絵とは言えないような図形が所狭しと並んでいる。 「キュービズム?」 これを前衛的な芸術と言ってしまっては、古今東西の芸術家たちに申しわけないだろう。 「桂。お、お前・・・・・・」 「な、何ですか?」 「絵、下手だったんだな・・・・・・」 「ほっといて下さい・・・・・・」 桂は目黒と僕をキっと睨みつけると、席に戻ってしまった。 「あらら、へそを曲げちゃったよ」 「そういうお前の絵はどうなんだよ」 僕は目黒の絵を覗き込んだ。 「どうだ?素晴らしいだろ?」 絵自体は上手くはないが、下手でもない。しかし、なんていうか・・・・・・。 潤んだ目、大きな胸、それに全体的なタッチというか、なんと言うか・・・・・・。 「お前の絵は、なんていうか、エロいんだよ。なんかエロ劇画を見ているみたいだ。品がない」 「え〜、そうか?」 「お前の目にはそう映るんだな、きっと・・・・・・」 「ほらほら、そこ、騒がないで下さい」 学生たちの絵の出来栄えを見ながら教室を歩いていた先生が僕たちを注意する。 「あ、すみません」 「お、この絵なんて、すばらしいですね」 先生は函南の絵をとりあげ、皆に見せた。 周囲から、おお、という声があがる。 「特徴をよくとらえています」 「ありがとうございます」 函南の絵は、確かに上手かった。 しかし、何というか硬質な感じがした。まるで、マネキンを描いていたような、跳躍感が欠けた感じだ。 それに比べたら、まだ目黒の絵のほうが、暖か味があるような気がした。 「へぇ・・・・・・」 気がつくと、蓮奈さんが僕の脇に立っていた。 美術の先生と同じように学生たちの絵を見て回っていたのだろう。 「なるほどねぇ・・・・・・」 蓮奈さんは、なにやら頷きながら僕のスケッチブックを取り上げ、しげしげと眺めている。 「なんですか、馴実先生・・・・・・」 「ねぇ、速水君。これ、もらっていい?」 「え?」
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